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山埼雅弘著 戦前回帰「大日本病」の再発 より
今の状況を理解するのにとても良く書いてあります。
是非この本をお読み下さい。

何で安倍シンパは、自分達の人権よりも国民の自由を縛る国家体制の方が好きなんですかね・・・

以下は抜粋です。
『●首相が目指す「憲法改正」よ先にあるもの
「国家神道」というOSを再起動させた安倍政権と、それを支持する政治勢力が、戦前・戦中の政治体制を現在に復活させるとすれば、ます以下の条件が絶対的に必要となります。
戦後の1947年に施行された日本国憲法を廃止すること。
そして人権や人道といった現在の国際社会で重視されている価値よりも「国家全体の利益」を優先する内容を記した、憲法が国を縛るのでなく国家体制が国民を縛る形式の「新憲法」への改訂です。
今まさに、安倍政権とそれを支持する政治勢力は、憲法改正に向けた政治的なな状況作りに邁進しています。
本書は、そうした流れを国民に本当に受け入れるのかどうか、正しく判断する材料を提供する目的で書かれました。
・・・・・・・・・・・
安部晋三首相は、つまり2016年の参議院選挙で勝利した後に、いよいよ憲法改正の国民投票に着手すると公言しています。
そして、憲法改正に向けた動きと平行して、日本国民の意識や思想、価値判断基準を、戦前・戦中の日本、つまり「大日本病」が蔓延した時代と同じ方向へと導くための制度変更が、大学改革や道徳教育、歴史教育などの幅広い分野で、既にスタートしています。
その重要な国民投票の輪郭が,日本という国の進む道の彼方に見え始めた今、この国で何が行われているのか、誰が、何の目的でそれをしているのかという冷静な現実認識を、国民の誰もが持って行く必要があるように思います。
歴史的な文脈で、きわめて重要な分岐点に差しかかりつつある日本に住む皆さんが、現在進行中の現実を深く読み解く材料として、本書を活用していただければ幸いです。』
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ギアクランクが到着したので、チェーンも含めて交換しました。
50×39から、44×30のツアー用への変更です。
先ず、今まで使っていたシマノ・デュラエース7700を外さなければ成りません。
クランクを軸から外すために今まで持っていた工具ではだめで、新に買いました。
何とかクランクは外す事が出来ましたが、軸部分を外すために六つの溝のある押さえ板を外さなければ成りません。この形状は昔からの形状なので、これも昔から馴染みのある溝に引っかける爪が一つ付いた(一番目の写真)工具で回そうとしたのですが、そうは簡単にいきません。
昔使っていた物は鉄製でしたが、ここで使われている物は軽量化のためにアルミ製でした。
アルミは柔らかいため、実はこれを外す工具は六本爪の専用工具が必要でした。
一本爪では角を駄目にしてしまい、回す事が出来ません。
今回の改良は、全部自分でやろうと思っていたのですが、万策尽き、近くのフレームを自作している工房に持ち込みました。
専用工具を使って簡単に外してもらいました。
ギヤクランクはスギノ製のOX801Dですが、ギヤクランクと一緒にBBと称する軸とベアリングのセットされた物が付いてきました。
こういうセットは昔はありませんでした。
現在は、メーカーによって軸とクランクの取り付け形状が違っているようです。
昔は何処のメーカーも共通のコッターピン式という取り付け方だけでしたが、高性能と差別化を追求した結果、共通の基準が無くなってしまったようです。
但し、ベアリングを調整する必要が殆ど無くなり、取り付けは非常に簡単になりました。
今回はチェーンも取り替えました。
9段用の軽量チェーンです。
何十年振りかでチェーンを切り、つなげました。
残りの改造は後ろのギアの大きい歯数を28から30にしてみて、現在の変速機で使えるかどうか試します。後はアルミの手作り部品の黒塗装です。
そして最後は同じ条件で走れるように妻のレーサーをランドナー化します。

山埼雅弘著 戦前回帰「大日本病」の再発 より
今の状況を理解するのにとても良く書いてあります。
是非この本をお読み下さい。
安倍を始め安倍政権のメンバーはほぼ全員が「国家神道」の理念に酷似した主張を掲げる宗教的政治団体「日本会議国会議員懇談会」と「神道政治連盟国会議員懇談会」に所属しています。ご丁寧に、安倍は後者の会長でもあります。両者とも「個人」の人権に最大の価値を置いていません。国に仕える事が国民の義務に成って居ます。
どんな選挙に於いても、候補者がこれら二つの宗教政治団体には行っているか知った上で投票すべきです。

以下は抜粋です。
『●「国家神道」体制は日本どこに向かわせたんか
大手メディアで目立って応じることはありませんが、首相をはじめ現在の内閣を構成するほとんどの国会議員は、戦中の「国家神道」の理念に酷似した主張を掲げる宗教的政治団体(日本会議国会議員懇談会、神道政治連盟国会議員懇談会など)に所属しています(安倍首相は後者の懇談会の会長でもあります)。これらの組織は、戦前・戦中の体制に対する批判的認識には触れず、逆に戦前・戦中体制の復活を目指すことこそが日本にとって唯一の「愛国の道」であるかのような政治宣伝を活発に行っています。1935年(昭和10年)から1945年(昭和20年)までの10年間は、「国家神道」の最も極端な思想がこの国のあらゆる政治を支配した時代でした。この時期の日本では、天皇をいただく日本は、世界で他に類を見ない、最も優越した国家だと言う、自国の「国体」(「国のあり方」や「国柄」などを示すとされた概念)を礼賛でする政治運動、いわゆる「国体明徴運動」が広く展開され、日本国民は(表向き)その政治思想に無条件で賛同しました。国民の人権や人道、人命の価値はほとんど尊重されなくなり、「国体」への貢献・奉仕・犠牲を推奨・賞賛する言説が、各種メディアに氾濫しました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
憲法を超越する形で「国家神道」が国を支配した戦前・戦中の体制は、日本の長い歴史上ただ一度、国の主権を外国に譲り渡すという悲惨な「敗戦」を最後にもたらした政治体制です。それはわずか10数年ほど日本の政治を支配したに過ぎない一過性の現象でした。当時の日本人が「自国の伝統の継承」だと信じ、唯一の「愛国の道」だと理解して歩んだ道は、現実には日本という国を滅亡の淵へと導いた「亡国の道」でした。国の内外で大勢の人は死に、明治時代と大正時代に生きた日本人がコツコツと築いた国際的信用は、日本が始めた戦争での完敗によって完全に失墜してしまいました。言い換えれば、戦前・戦中のわずか10数年ほどの期間に、軍人を含む日本人が国内と海外で行ったさまざまな人権侵害や軍事侵攻、そして「非人道的行為」は、決して「日本の伝統」や「日本人固有の資質」に根差したものではなく、敢えて言うなら一時的な「熱病」に浮かされた結果であるとも言えます。
本書では、この「熱病」を「大日本病」という言葉で表現しています。
・・・・・・・・・・・
しかし戦後の日本の1部ではこの「亡国の体制」あるいは「大日本病に罹った時期の日本」を礼賛したり擁護する行為が、なぜか「愛国的」であると見なされてきました。
・・・・・・・・・・』


山埼雅弘著 戦前回帰「大日本病」の再発
今の状況を理解するのにとても良く書いてあります。
是非お読み下さい。
よく安倍擁護論として、デモの中での「戦争反対」に対して「直ぐに戦争が始まる訳ではない」という言い方があります。「戦争反対」は国民主権を否定し、戦前・戦中回帰である国家主義、皇国思想の中で中国、韓国、日本以外のアジア人蔑視の先に行き着く先であろうという事です。
市民を公民と言い、国の為に尽くさせるという考え方が戦争に結びついて行く可能性が有る為に叫ばれているのです。
また、武器の輸出を奨励し、軍需産業を経済成長の一つに組み込んだ事は、紛争を積極的に多く起こし「武器の消費」を加速せねばならず、必然的きに戦争と結びつきます。
「安倍を降ろせ!」と叫ばれている最も大きな問題は、今すぐ戦争が始まるかどうかなどという事ではなく、一にも二にも憲法を無視した事です。
この国は、全体主義に簡単に移行しまった実績を持って居ます。その空気は今も変わっていません。 

以下抜粋です。
『人は歴史を学ぶ意義の1つは、過去と現在と未来が「途切れずに連続している」と言う感覚を、思考の底流に形作ることだと思います。現在目の前にある様々な問題には、いきなり完成した形で出現したのではなく、ほとんどの場合、少しずつ視野の中で拡大してきたはずですが、大抵は「はっきりわかるほど大きくなる」または「深刻化する」まで、その変化に気づかずに見過ごしてしまいます。
・・・・・・・・・・・・・・

それでは、第二次安倍政権が発足してから、日本国内がどのように変化したのか。 以下が私の主観ですが、早速前と比べて日本国内の様子が「変わったな」と思う点を、リストアップしてみます。
▶人種差別や民族差別など、偏見と差別を堂々と主張する攻撃的.排外的な言説(いわゆるヘイトスピーチ)がふえ、ネット上だけでなく路上でも公然と叫ばれるようになった。
▶特定の国を名指ししてその国民や慣習を貶めきたり、その国の前途が悲観的.絶望的であるかのように描いた本が数多く出版され、書店の目立つ場所に並ぶようになった。
▶「日本」や「日本人」を礼賛する本やテレビ番組が急激に増加した。「日本人や日本文化世界からこんなに賞賛されている」と、外国人の口から言わせる企画が増えた。
▶公共放送のニュース報道が、首相や政府に対する批判的内容を報じなくなり、逆に首相や閣僚のコメントはたっぷりと時間をとって丁寧に応じるようになった。
▶政府や政権に批判的な人間への威圧・恫喝・見せしめのような出来事が増えた。
▶政権与党の国会議員が、国会の議場で「八紘一宇」と言う言葉(大平洋戦争中、日本のアジア侵攻と植民地支配を正当化する概念として使われた語句)を肯定的な意味で使用しても、全然問題視されなくなった。
▶近い将来の戦争や紛争への関与に備えた法案が、次々と国会に提出され始めた。
先に述べたように、歴史の文脈で見れば、社会の変化は継続します。政治的状況を、ある瞬間だけ切り取った「静止画」として見るなら「今はまだ大丈夫」に思えても、刻々と変化する「動画」として捉えれば、この数年で生じた変化を何もせずに放置して本当に大丈夫なのかという、より現実に則した不安が生じます。
・・・・・・・・・
●首相はなぜ、戦前・戦中の国家体制を全く批判しないのか
・・・・・・・・
現職の首相が、先の戦争の責任の所在を問われて右のような一般論に終始し、当時の国家指導者の責任を一切認めなくても、ほとんど問題視されず、首相としての地位を失うこともありません。これは、どう考えてもと恐ろしい状況です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「当時の日本の何が問題だったのか」という重要な点について、実は何も認識しておらず、個人として考えも何も持っていないのと同様なことになるからです。
・・・・・・・
責任の所在が分からなければ「反省」のしようもありません。同じ出来事の再発を防止できません。・・・・・・・・・
▶「戦後レジュームからの脱却」と言い、戦後日本の憲法や価値判断基準を否定しつつ、戦前・戦中のレジューム(国家体制)の問題点には特に言及しない。
▶「国の為に戦って命を落とした軍人」を慰霊する目的で靖国神社を参拝するのは「国民として、国の指導者として当然のこと」と言いつつ、死亡した軍人の6割が餓死、つまり「運用管理側の不手際」で死んだ事実には触れない。
▶慰安婦問題では「慰安婦となった女性の国による強制連行を裏付ける文章はない」と言いつつ、慰安婦施設を実質的に運営管理した軍や政府の責任者の名前や、具体的な組織図等は一切明らかにしない。
▶先の戦争が「侵略であったか否か」と問われると「私は『侵略でない』と言ったことは一度もない」という巧妙なレトリックを使うが「侵略であった」「侵略ではなかった」とは明言しない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これらの「首相が言及しない」「論点化を避ける」問題をみると、すべてに共通する方向性が浮かびなります。
それは何かといえば、戦前・戦中の国家体制の肯定と是認です。』


後ろの変速機のワイヤーを交換しました。
現在の変速機の切り替えレバーはブレーキレバーと一緒になっていて,昔、慣れ親しんだ構造とは大きく違い、学生時代に取った杵柄は殆ど使えません。
進化した為と言えるのでしょう。
ワイヤーを取り替え、9段が確実に変速できるように調整するのに1時間以上掛かってしまいました。
今の自転車は高性能には成って居ますが、その分、調整が微妙だったり、メーカーによって構造が違ったりと、素人にはいろいろと難しくなってしまったようです。
市販のメンテナンスの本にも専門店に任せた方が良いというふうに書いて有る部分が幾つか有ります。
そう言われてしまうと意地でも自分で何とかしてやろうと思ってしまいます。
この自転車はレーサーなのでフロントバックは付くような前提に成っていません。
その為、フロントバックを付けると変速用のワイヤーがバックで無理に曲げられ、上手く変速が出来なくなります。
それで今回の交換になった訳です。
今回は後ろのギアも変えました。
一番大きいギアが歯数27から28に、最小ギアが11になりました。
本当は最大歯数を30にしたいのですが、今付いているデュラエース7700という変速機は歯数30に対応していないことに成って居ますが、その内、試してみようと思っています。
ギアを外す為の専用工具は2種類買いました。
これから、9段用チェーン、ギヤクランク(44×30)、サドル、バーテープを変えてサイクリングをしやすくするつもりです。
それにサイクリングをするのならサドルバックと輪行袋も必要です。

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成せば成る、成さねば成らぬ何事も

走っていてだいぶ身体が楽になりました。
走り始めて3ヶ月ばかりですが、70歳に成っても体力はやればまだ多少は改善する物だと実感しています。
年だからと言って、何事もまだ諦める必要は無いだろうと自信が湧いてきます(もっとも、三浦雄一郎氏の実績が有りますが)。
勿論、レースをやっている人から見れば取るに足らない能力なのかも知れませんが、自分としては努力の甲斐のあった成果です。
結果としてのタイムは良くなっていますが、その見える変化よりも、自分自身が感じる疲れなくなった身体の変化が嬉しくなります。
走り始めて2ヶ月以上の間は色々な身体の不調が起き、その度に走るのを止めていましたが、その頃から考えると10Kmを走れるような体力に成ったことは夢のようです。
何事も最後まで努力して行こうと思い直した次第です。

この写真は、皆さんご存じのミネラルウオーター・バルヴェールです。
ベルギーの水です。

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2枚目の写真で見る様に、賞味期間は未開封で3年と書いてあります。
20年前に長女が飲みかけで置いて行きました。
製造年月日は1994年9月14日です。(3枚目の写真)
中の水は今でも無臭で、勿論無色透明で何の沈殿物もありません。
当然、腐っていません。
今でも飲めます。
以前に、発売元のネッスル日本株式会社に「どういう根拠で賞味期限が3年なのか?」ということを聞きました。
その時の答えは「ベルギーでは蓋が腐るまで飲める、と書いてあるのに日本で3年と言うのはおかしい」でした。
日本の基準が至っていい加減なのです。
あたかも3年経つと水が変質するかのようです。
食品全体に言えることですが、多分、役人が、もしも問題が起こった時に責任を取りたくないので、水についての知識は何も無いまま、問題の起こりそうもない3年間と設定したのでしょう。
それは兎も角として、20年経っているのにバルヴェールの水は何ともありません。
今も健在です。
水は決して腐らないのです。
また、やはり20年ぐらい前に都の水道局に質問したことがあります。
「水道水を完全密閉して、10年後はどうなるでしょうか?」ということです。
返ってきた答えは「10年後に飲めない水は、今も飲めません」でした。
詰まり、10年後に腐敗するような水は、出す時は既に腐敗する物が入って居ることであり、それでは水道水として失格、ということです。
皆さん、水は漠然と腐るんだと思い込んでいませんでしたか・・・
アクアレイヤーを説明すると、ほぼ100%の方が「水は腐りますよね・・・」と言います。
水が腐るというのは根拠の無い間違った先入観なのです。
H2Oである水は腐りません!
改めて、水素と酸素が結合した水は腐りません!
腐るように見えるのは、水の中に入っている有機物が腐る為です。
水が腐る訳ではありません。
それが証拠に、腐ったように見える花瓶の水を濾過してやれば(浄水器を通してやれば)、腐った有機物が除去されて、また飲める水を得ることが出来ます。

ご存じのように、水は氷という固体、水という液体、水蒸気という気体に変化します。
地球が金星のような灼熱地獄に成らないのは、地上と成層圏を行き来する水の循環があるからです。
太陽の熱を受け取った水は、蒸発して雲になり、その熱を宇宙に放出して雨や雪に成なり、また地上に戻って水になります。
また、海の水は何処の温度も同じに成ろうとして対流を起こし、私達が住める快適な地球環境を作り出しています。
それが海流です。
水は地球上の全ての自然と生き物を支えています。
水があるからこそ地球は快適な温度を保って居るのです(現在はその快適さが壊れつつありますが・・・)。

水は地球上で最も比熱の大きな物質です。
ですから熱を沢山溜め込むことが出来ます。
また、常温で水は液体ですから対流を起こし、熱をスムーズに運んでくれます。
イゼナが開発したアクアレイヤーはこれらの水の特性を利用しています。

これからの時代に太陽熱エネルギーの利用は欠かせません。
しかし、太陽熱エネルギーは一日の内で数時間しか取得できません。
一日は24時間ですから、それを有効に利用する為には、その得られた熱を溜め込んで小出ししながら使うしか有りません。
有効な蓄熱システムが必要です。
木造住宅に於いて、一般的に蓄熱に使用される部分は、建物を構成する中で最も熱容量の大きいベタ基礎部分が流用されます。
ベタ基礎蓄熱層に対して、太陽熱を含めた温風熱源からの温風を床下に流し蓄熱させる方法です。
ベタ基礎の上面から熱伝導で熱がコンクリートの中に入って行きます。
それに対して、アクアレイヤーの場合は、アクアレイヤーの下側を温風が通ることに成り、得られた熱は対流で水の中に取り込まれて行きます。
熱伝導による熱の伝わり方に対して、対流による熱の移動は至って早く行われます。
決められた時間内により多くの熱が溜め込まれることに成ります。
その上、水はコンクリートの2倍の熱を溜め込むことが出来ます。

人間の身体の約70%は水と言われています。
水はとても不思議な物質です。
水は地球上で最も有用な物質の一つです。
水を分解して得られる水素は、最もクリーンで、最も豊富なエネルギーです。
これからの時代は益々水を有効に使う文明に成るのではないでしょうか・・・・

20140227
原発推進派の論法の中に、「ドイツは自然エネルギーなんって言っているが、70%原発で発電しているフランスから不足分の電気を買って辻褄を合わせている」という発言があります。あたかも見せかけの自然エネルギー推進国の振りをしているだけで、ドイツだって所詮原発が無ければやっていけないんだという言い方です。しかし、その中傷をするような発言が嘘であることが、以下の文章を読むと明らかになります。確かに、フランスから電気の一部を買っていますが、実はそれ以上の電気を輸出しています。電気が足りる足らないの問題ではなく、季節によって変動する電気価格を見ながら、売り買いをしているということです。原発ムラは当然ですが、その事実をわざと知らせないようにしているのでしょう。マスコミでもどれだけ真実が報道されているのでしょうか・・・・残念ですが、国民の基本的なレベルが違いすぎますね・・・・どうしてこうなっちゃったんでしょうか・・・・
詳しくは以下のレポートを是非お読み下さい。勇気づけられます。
法政大学建築同窓会ホームページ・金田真聡のドイツ ベルリン建築通信・No09 なぜドイツは、エネルギー転換を決断することができたのか。

http://www.hosei-archi-ob.sakura.ne.jp/berlin/n09/berlin_report09.pdf


0126

2014年1月26日
昨日は久し振りに、小学校の恩師、森先生をお訪ねした。
85才に成られた先生は、奥様共々相変わらず頭脳明晰で、現在の世相を非常に憂えていらっしゃった。
先生は予科練に志願されましたが、運良く特攻に出撃することなく終戦になり、教師になり、4年5年の担任でした。
安倍政策の全てが戦前の軍国主義とオーバーラップしていると指摘されていました。
特に、「日本を取り戻す」という発言が、「アジアの名主」と自称し、侵略をし、内外に多大な犠牲者を出し敗北したことを反省していない為だとおっしゃいました。
全く現実を見ず、超大国アメリカとの戦争に粋がりだけで、馬鹿げた突入していったことが又繰り返されて行くように見える、とおっしゃいました。
それも今度はアメリカの後ろ盾だけを当てにしている哀れな姿に見えるとも・・・
所詮、膨大な借金国家が全予算を使って軍事力を強めたとしても、適う訳がないことは目に見えています。人口が違いすぎるし、現に勝てないことが70年前に実証されています。それに粋がってやる非合理な敵対にアメリカが手を貸すはずもないし、もし、中国が日本に原爆を使うという時、既に実行しているアメリカにそれを中止させるどんな説得力も持ち得ないことも計算に入れるべきではないでしょうか・・・
また、先生が厚木基地時代に棍棒制裁により同期の友人が殺されたことがあり、一切が隠蔽され、戦死とされた事が有ったそうだ。
戦後になり、その真相を調べてご家族にお知らせしようと思い、死ぬ時に枕元にいたという仲間に詳細を改めて聞こうとしたが、そんな事は知らないの一点張りだったそうです。
真実を公開するより、黙ってうやむやにし、誰にも責任を取らせないことの方が美徳であるという大和民族の特性が出たのだと思います。
真相が分からない様にすれば責任も明確に成りません。
あんなに国外国内の多くの人を殺しながら戦争責任も全く問われません。
国民の金を使って好き勝手をやって、後は知らね〜よ、です。
その体質を安倍政権は強烈に引き継いでいるようです。
勿論、原発事故がそのまんまです。
こんなに膨大な損害が出ても誰一人責任を取らず、その原因も曖昧にしようとしています。
これが本当に国家と言えるものなのでしょうか・・・
まあ、大部分の国民は、既にそんな事はもうどうでも良いと思って居るようにも見えますが・・・・
最後に「永遠のゼロ」の話になりました。
もし、予科練の募集ではなく、特攻隊の募集であったら、誰も志願しなかっただろうと話されていました。
皆さん、甘い言葉に、その裏に隠れている悪巧みに引っかかりませんように・・・・
最も大切なのは経済などではなく、命と一人ひとりの尊厳です。

20140109
こんな意見を書いてみました。

パブリックコメント:意見募集中案件詳細

パブリックコメント:提出完了

「新しい「エネルギー基本計画」策定に向けた御意見の募集について」への意見を次の受付番号で受け付けました。
201401060000243014
ご利用ありがとうございました。

エネルギーを考える基本。
1)化石燃料は石炭に始まり、現在はメタンに成りつつあるが、CとHの割合を見るとCが減少しHの割合が増え、メタンは最後の炭化水素燃料である。これよりHの割合を増やすとすると、Cが取れるしかなく、水素の時代が来るしかない。太陽エネルギーにより水を分解してエネルギー化する水素エネルギー文明は全くクリーンであり、宇宙の一番多い物質がHであることを考えれば必然である。
2)これからの新しい無害のエネルギー文明は日本がトップランナーになり、世界を牽引し、日本の輸出産業にすべきである。
3)各地の風土に合わせた自然エネルギーをその地域ごとに開発し、地域のエネルギー産業により雇用を拡大すべきである。
4)あと50億年と言われている太陽エネルギーは、誰でもが自由に使える無限のエネルギーであり、それ以上のエネルギーは存在しない。
5)化石エネルギーの争奪戦争を無くす為にも太陽エネルギー、自然エネルギー利用技術を率先して開発し、世界の積極的平和に貢献すべきである。
6)日本には、ただ敗戦から立ち直るだけではなく、第二の経済大国を作り上げる力が有ることが証明されている。国がエネルギーを輸入しない自然エネルギー国に成ろうと、方向を決めれば日本人は必ずそれを成し遂げることが出来る。明治維新で初めて工業技術を学び、建築技術は勿論、造船、飛行機の技術も短時間で世界のトップレベルにすることが出来た。この能力を持ってすれば、世界初めての太陽エネルギー・自然エネルギー大国は可能である。
7)人類を含めた全ての生命は太陽によってもたらされ、維持されていることをもう一度再確認すべきである。人類は所詮、太陽の手のひらの中でしか活動できないことを肝に銘じるべきである。
エネルギーを考える基本。

20131018
小泉さんが「原発ゼロ」の発言を繰り返しています。
発言内容は至って正論です。
元自民党の総理がいきなり余りにも正論過ぎて気持ち悪いところもありますが、どうも本物のようです。
人間として至って正常な人間性に気が付いたと言えそうです。
発言内容は明らかに反原発推進安倍です。
しかし、その中で「第二次世界大戦で日本は無謀な戦争をして三百万人以上が命を落とした。満州(現中国東北部)から撤退していれば戦争は防げたが「満州は生命線だ」と撤退を拒否し、結局は国を焦土にした。経済成長のために原発は必要だという意見があるが、そんなことはない。
戦争で満州を失っても、日本は発展したじゃないか。」という部分があります。
正にその通りです。
この事から学ぶ事が、多くの戦死者に償うことであり、弔うことになり、死を無駄にしないことだと思います。
何も反省しないで、見せかけの靖国参拝など戦死者への冒涜に過ぎません。
過去を反省し、学んでこそ価値ある犠牲になり得るはずです。
私も前に書きましたが、日本は焦土と化し、それこそエネルギーもゼロに近い状態から、多くの矛盾も含みますが大きな発展を勝ち取りました。
至って劣悪な環境の中で、多くの起業家が努力してゼロから日本を立て直した訳です。
それに比べ、今の状態は原発が無くともエネルギーが十分すぎるほどある状況です。
敗戦当時に比べれば月とスッポンどころではなく、太陽とスッポンぐらいの恵まれています。
にもかかわらず今の経営者は彼らの足下にも及びません(のにデカイ顔をしている)。
戦後の経営者は全てを新たに作り上げたが、現在の経営者は、単に継続するだけなのに、エネルギーは十分あるのに、自分達のやることがほんの少し変化することに怖がっている様に見えます。
詰まり、今までの価値観と違う新しい社会が来ることを怖がっているように見えます。
情けない限りであり、とても経営者などとは言えないし、明らかに太陽エネルギー社会に世界が向かうのにとても伍してはゆけないでしょう。
そんな経営者とグルになっている政治屋しか選べない日本国民は不幸ですね・・・
 

小泉純一郎元首相が1日、名古屋市内で講演し「原発ゼロを実現し、循環型社会を目指すべきだ」と早期の脱原発を強く訴えた。講演の内容は以下の通り。
経済界の人と話をしていると、原発ゼロなんて無責任だと憤る声が多い。わたしはそんな中で原発ゼロを主張しています。
 放射性廃棄物、核のごみをどう処分するか、あてもないのに原発を進めていくのは無責任ではないか。先日、エネルギーの地産地消が進むドイツやフィンランドの「オンカロ」という最終処分場を視察した。最終処分場は四百メートルの固い岩盤をくりぬいた地下に埋める。それでも原発四基のうち二基分しか容量がない。そもそも今、ごみを埋めても十万年後まで人類がきちんと管理できるのか。
 日本では野田佳彦前首相が一昨年暮れに事故の収束を宣言したがとんでもない。原発は事故が起きれば人の健康や農水産物、地域への影響が計り知れない。民間会社では負担しきれない。
 原発を立地してもいいという自治体のためにどれだけの税金を使ってきたか。汚染水対策も廃炉も税金を使わなきゃできない。事故の賠償にこれからどれぐらいかかるのか。原発のコストほど高いものはない。
 第二次世界大戦で日本は無謀な戦争をして三百万人以上が命を落とした。満州(現中国東北部)から撤退していれば戦争は防げたが「満州は生命線だ」と撤退を拒否し、結局は国を焦土にした。経済成長のために原発は必要だという意見があるが、そんなことはない。戦争で満州を失っても、日本は発展したじゃないか。
 原発の代案はない、今すぐ全廃は無謀という声も聞くが、政治がはっきりと方向性を示せば代案は出てくる。
 日本人は焦土からでも立ち上がった。これという目標ができれば、官民が協力し、ピンチをチャンスに変える特性を持っている。今、原発をゼロにするという方針を自民党が打ち出せば、一挙に(脱原発の)機運が盛り上がる。(太陽光などの)再生可能エネルギーを資源にした循環型社会をつくるという夢に向かって結束できる。
 世界が必要とする安全な社会をつくるため、今はピンチではなくチャンスなんだ。

20131007
政府、踏切救助女性に感謝状 紅綬褒章を授与
2013年10月4日 13時00分
 菅義偉官房長官は4日の記者会見で、横浜市緑区の踏切で男性を助けようとして死亡した村田奈津恵さん(40)に安倍晋三首相名の感謝状を贈ると発表した。人命救助した人が対象の紅綬褒章も授与する。遺族には銀杯を贈る。感謝状は菅氏が6日に遺族の元に届ける。
 また、警察庁は4日までに警察協力章を授与することを決めた。
 菅氏は感謝状授与に関し「村田さんの勇気ある行為をたたえ、弔意を表するためだ」と説明。「他人に関心を払わない風潮の中、自らの生命を顧みず、男性の救出に当たった。国民とともに胸に刻みたい」と強調した。

女性が踏み切り人を助け、電車にはねられて死亡した。何とも悲しく痛ましいことである。しかし、彼女は死ぬかも知れないと思いながら踏切に入っていったんだろうか・・・助けたいという一心以外に何も無かったのじゃないだろうか・・・勿論、英雄になろうとした訳ではないのは当然である。助けなくちゃ、という彼女の人に対する思いやりであり、優しさであり、人間性なのだろう。命を「捧げよう」と思っての行動ではないとだろうが、彼女の行動は賞賛すべき事であることは間違いはない。
それに対して、ソーリダイジンが感謝状を贈るというのだ。何かその前に発言すべき事が有るんじゃないのだろうか・・・何故この事故は起こってしまったのか、こういう事が起こらない鉄道システムはどうすべきなのか、社会のあり方どうすべきか、村田奈津恵さんの死を決して無駄にはしません、と言うべきなのではないだろうか。大体、踏切が立体になっていればこの事故は起きなかったはずだ。結果的に死を持って訴えた現実を、具体的にどう対策を立てるんだろうか・・・ソーリやカンシが言ったことが言いっぱなしではなく、本当に本気なのか見てみたいものだ・・・
勿論、紅綬褒章や銀杯を贈るのは大いに結構だが、本当に称えたい気持ちがあるならこんな物だけでよいのだろうか・・・オールスターの最優秀選手賞は賞金 300万円だし、敢闘選手賞は100万円である。命を掛けて人を助けたのに国として銀杯じゃお粗末すぎないか(何か慰労金が出ているかどうかは分かりませんが)・・・それともソーリからの銀杯だから同じ銀杯でも価値が違うとでも言うのだろうか・・・要するに他人のために命を捨てることが美しいことなんだ、という空気を作りたい為に利用したなんてことは無いでしょうね・・・勿論、無いと言うだろうけど・・・
70年前、多くの玉砕と称する全滅が起こった。しかし、その原因を、作戦の稚拙さを反省し、全滅させられないようにするためにはどうするかを考えず、お国の為に命を捧げたという賞賛だけを送った。その為、その後も多くの人達が死んで行く事に成った。最初の全滅が次の全滅をくい止める知恵が無かったのだ。挙げ句の果てに原爆の投下まで招いてしまった。

 ■批判封じる 空気怖い、精神科医・香山さん
 
事故の犠牲になった村田さんをたたえる安倍晋三首相の書状をどう見るのか。精神科医の香山リカさん(53)に聞いた。
 非常に違和感を覚えている。長嶋茂雄さんと松井秀喜さんの国民栄誉賞をはじめ、安倍首相はことさら光の当たる場面に登場しようとする。その延長で、今回はヒューマニズムの感動に自分の姿を刻もうとしている。
 パフォーマンスだとの批判も想定しているだろうが、その声を上げると「長嶋さんを認めないのか」「村田さんの死を非難するのか」という議論のすり替えで、逆に攻撃に遭う。微妙に、絶妙に批判しづらい対象を選んでいる。本来は短絡的な賛成反対では語れないことのはずなのに。
 深読みかもしれないが、自己犠牲を推奨し、誰かのために命を省みないことを全面肯定しているかのようだ。両親からすれば「生きてほしかった」と思っているだろうし、救助自体にも多様な意見があってしかるべきなのに、そういった議論を封じ込めてしまう。
 政府は本来、事故防止など現実的な方向を示すべきなのに、精神論に入っていこうとする。「こうあるべきだ」という規範を押し付けようとする空気が怖い。
 ご両親にしたって、悲しくてやりきれないだろうに、英雄視されることで、きちんと悲しめなくなるのではないか。それは戦争でわが子を失った親と同じ。死んでほしくなかったと言えない苦しみを与えてしまう。
 いまの社会は、いつ自分が少数派になるか分からないという不安感がある。そこに陥るとはい上がれないという恐怖から、多数派を見つけて、そこに属することで安心しようとする。そういう意味では「今はこれが正しい」というトレンドをつくり出すゲームの中で、社会を覆う不安感が政権運営に利用されてしまっているのかもしれない。

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