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竹馬の友であるR.S君から久し振りにメールをもらった。先ずは元気であることに一安心させられた。某出版社を定年退職して悠々自適な毎日で羨ましい限りである。蕾530
話は温暖化についてであった。やはりこの年になるといろいろなことを正確に知りたくなるらしい。
今まで書いたブログを読んでもらえればよいのだが、折角なので改めて自分の中でもう一度まとめて見たいと思う。
ついでに返事はブログ上で公開することにした。
温暖化について正確に知るのは中々難しい。温暖化って本当は何だ? 温暖化で自然環境はどうなるんだ? 今、残り少ない時間の我々はどうしたら良いんだ? 等々、疑問を投げかけてきた。
温暖化のことを本当に分かってブログを書いているのかと言われれば、これから10年後、20年後、100年後・・・・どういう結果になるか本当に分かっている人間なんかこの世にはいない、としか言いようがない。但し、自分がどう感じ、どうしなければならないかと思っているかを答えることは出来る。
先ずはそれを明確にして行動するしかないだろうと思う。蛇苺530
温暖化は本当に起こっているのか? 温暖化というのは気温が上がるということだから、平均気温の変化と平均海水温度の変化で見当は付けられるだろう。世界の平均気温は1891年の観測以来少しずつ上昇しているらしい。海水温はまだそれほど顕著な数字は現れていないようだ。
海水は空気に比べ熱容量が大きく違うため、温度の上昇が現れるまでにはかなりの時間が掛かるだろう。しかし、空気温度が上昇しつつあるということは、いずれ海水温も顕著に上昇してくるだろうと思う。また北極海の氷が減少していることや、あらゆる場所の氷河が後退している現象は、直感的には温暖化に向かっている事を感じさせる。確かにこれだけ見ても本当に温暖化していると断定して良いのかどうかよく分からない。単なる短期的な変動に過ぎないのかも知れない。
しかし、温暖化の大きな元凶の一つであると言われているCO2はといえば、これは急激な増加傾向を示している。人口も同じように近年になって特に急激な増加傾向を示している。人口が増えると言うことは経済活動も大きくなり、エネルギーの消費量が増えると言うことである。これはCO2の増加を意味しているわけで、正にCO2増加グラフと一致している。
この増加曲線が示すCO2増加社会の現象の全てを、今までの常識で予測するのはかなり難しいことなのかも知れない。白花530
予測は出来ないが一つだけ言えることがあるの。それはもう多分このままでいたら全く制御不能になることは間違いないだろうということである。もっとも、地球環境を制御しようなどと思うこと自体は全く不遜な態度でしかないのかも知れないが・・・・
未来にどんな事態が生じるか分からない場合の取る方向は二つある。一つは、分からないのだから今を変えずに成り行きに任せること。つまりどういう事態になっても地球環境の中で起こっていることは自然現象であるという捉え方である。自然が生み出した人間がやっていることは、これも又自然なことであるということであり傍観することである。
もう一つは、最悪を想定し、そうならないように対処する行動をとる、ということである。どちらが正しいのか勿論誰も分からない。としたら自分はどういう行動を取るべきか決めるしかない。

次回に続く

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床暖房を選ぶということは当然新築かリフォームをする時である。しかし床暖房を選ぶ前に考えなければならない事が沢山ある。山ぼうし
それらを十分行ってから最後に床暖房をどうしようかということにしなければならない。建物との関連を何も考えずに単独で床暖房をどうしようかなんていう選び方はない。
床暖房は屋内の熱環境を構成するための一部の部材であり、それだけで単独に機能するわけではない。にもかかわらず、未だにそれを単独で見てどうだのこうだのと言ってるのはおかしい。
基本的には床暖房というのは床仕上げ材の下に入れる板状の発熱体ということに過ぎない。まして遠赤外線が多いとか少ないというのは床暖房によって変わるわけではないので考える必要もない。
床暖房を選択するには以下の事をよく知った上で、検討した上で最後に選ぶべきである。
その1)暖房するということは家から逃げて行く熱分を補充するという行為である。
その2)先ず床暖房とは20世紀に、エネルギーを使うことを前提に作られた商品であり、エネルギー消費をとやかく言わない時代の物であるということである。
つまりCO2は当然出る物であるという認識を持って選択しなければならない。
その3)その為にCO2の排出量をいかに少なくするかを考える必要がある。
CO2を少なくするということは、エネルギーの使用量を少なくすることである。
その4)エネルギーの使用量を少なくするということは、家から出来るだけ熱を逃がさないようにしておくことであり、それは断熱性能を良くすることである。山桜桃
その5)断熱性能を良くするということの一つに開口部の断熱性能があり、ガラスとサッシの選択により性能が決まってしまう。勿論、壁、天井、床には十分な断熱材を入れる必要があり、その為には予算をキチンと先ず確保する必要がある。
その6)次に日射を十分取り込める家の形と構造を考えねばならない。21世紀に建てる家は無料で手に入る太陽熱をできるだけ利用しなければならない。つまり取り込み、溜め込むことが必要である。そうすれば断熱性能と相まって、更にCO2の排出量を減らすことが出来る。
その7)太陽熱は南側の開口部を大きくすればするほどたくさん取り込めるが、それを溜め込む構造を必ず作らねばならない。そうしないと断熱が良い分、取り込んだ熱が逃げず室温がどんどん上がってしまうことになり、折角の熱を窓などを開けて捨てなければならなくなる。
その8)また、開口部が大きくなればなるほど夜はそこから大量の熱が逃げてしまうので、それを防ぐ対策を立てねばならない。つまり開口部の断熱化だ。
以上のことは床暖房ばかりでなく、家の形と大いに関係してくるところなので、漠然と外観のイメージを決めてしまう前に検討しなければならない。
これらの仕様はこれからの住まいには無くてはならない事なので、少なくとも間取りを考える以上に重要視すべきである。
こういうことを考えないで家をどうしようかと考えている人はさし当たって家は建てない方が良いと思う。
これらのことを考えた上で、いよいよ床暖房を選ぶのであるが、実はこれらのことを十分に満足させてしまうと、つまり太陽熱は取り込めるし、溜め込めるし、それらの熱が非常に逃げにくくなっていれば、床暖房はいらないかもしれないのである。そうすれば電気代もガス代も灯油代も出ないことになり、良いことずくめである。
これから家を建てるのであれば、そういうことを狙うのは当然であろう。
しかし、全ての場所がそんな良い条件ばかりではないので、その時初めて床暖房を考える必要性が出てくる。若葉528
それにしても、上記の対策を立てた上での床暖房であるため、そこで使用するエネルギーは最小量になる。床暖房からはほんの少しの発熱量でよく、その為の床暖房を検討すべきである。また、これも至って基本的な常識であるが、床暖房という暖房機だけが、人の体と直接接触しながら生活する物であり、それを十分に考慮する必要がある。つまり安全性とか健康性とか快適性の性能をきちんと見極めることである。
床暖房はただ熱を出せばよいわけではないのだ。しかし、床暖房はただ床の温度が上がりさえすれば良いのだ、そういう意味ではどれも皆同じだという程度に考えているんであれば単に見積もりを取って最も安い物を選べばよい。
手前味噌になるが、イゼナが独自に考え出したアクアレイヤー床暖房システムは以上のことの全てを満足させることが出来る。
集熱床材とアルミ根太とアクアレイヤーを組み合わせることにより太陽熱を吸収し、溜めることが出来るし、更に開発中の断熱ロールカーテンを組み合わせることにより、室内からの熱の逃げを更に少なくすることが出来る。勿論人体に接触する床面の熱特性は、アクアレイヤー内の水の自然対流により「こもり熱」が除去されるため、至って自然な快適さと安全性を生み出してくれる。
アクアレイヤーは17年間携わった既存の床暖房の反省から生まれた21世紀に対応できる「熱部材」である。
熱部材とはこれからの住まいを構成するために必要な新しい建材という考え方であり、床暖房に変わる物である。
アクアレイヤーを既存の床暖房と同じように分類するのは何ともそぐわないと思っている。

昨日、25日21時にNHKで放映される北極海の現状についての予告編を見た。
久し振りに小貝川へカヌーを孫と乗りに行った楽しいブログを書こうとしていたのだが、何だか浮ついているようで文章が出てこなくなってしまった。カヌーN
写真はニコニコとカヌーを漕いでいるのだが、今の心情と何ともしっくりこない。
こんなその場だけの楽しみを体験させたからと言って何になるのだろうかと考えてしまう。
カヌーで時間をつぶしている暇があったら、孫達のためにもっと何かしなければならないことがあるんじゃないかと思うのだ。
今日の朝刊にCO2濃度が今までの最高値に達したことが載っていた。
ぼけっとしてる間にCO2濃度がどんどん加速しているわけだ。北極海の氷が溶けグリーンランドの氷が溶けると海水面が6~7m上昇すると言われている(但し、グリーンランドだけが溶けるなんていうことはなく、当然同時に南極の氷も溶けるのだろうから海水面はこの倍ぐらいになるんだろう)。その前兆であろう氷河の減少が急速に進行していることも画面に映されていた。
こんな現象が次々に知らされているのに、のんびりカヌー遊びをしていることがどうも心から楽しい気持ちにしてくれないのだ。M.jpg
しかし、北極海の氷が減少したら、ここぞとばかりに地下資源に群がるというのは、人間をどう理解したらよいのだろうか。
そこから収奪した化石燃料を益々大量に廃棄して、更に氷を溶かして掘削しやすくしようというのだろうか・・・・
方や京都議定書を国家間で決めておきながら、その一方で益々CO2を出すための行動をその国家が取る、というのは何とも理解できない。
理解できない方が悪いんだろうか。
しかし、自分もそういう行動を取る同じ人間であるわけで、とすると益々分からなくなってしまう。そんなことが続くようであれば、人類の会を脱退できないだろうかと思ってしまう。
人間が偉そうな顔をしなければ、まだ何だか分かるような気がするが、偉そうな顔をしながら結局はメチャクチャしか出来ていないことが何とも理解できない。
温暖化対策を積極的に取ることは経済競争力を損なうという主張がある。何を恐れているんだろうか。
私たちはこの前の戦争で全てを失った。物的にもそうだが、人的にも最大の戦力である優秀な若者(いわゆるエリートと言われる人間を意味しているわけでない)を多数失った。そんな中から立ち上がって今を築いたのではないのか。むしろそれまであった物、それまでの常識を全て失ったために、新しい道に踏み出せたのかもしれない。タンポポ524
それに比べれば太陽エネルギー社会に切り替えるのにほとんど失う物は無いはずである。当時の経営者や政治家に比べれば今の情況は余りにも甘い情況ではないかと思う。単に甘えているに過ぎないのではないだろうか。
折角ガソリンエンジンの車も買ったのに、と先のことは何も考えず単に今を維持したいと考えているだけなんだと思う。企業で言えば、折角社長に成れたのだからこのまま何とか退職金を手にしたい、としか考えていないんじゃないだろうか。
それが産業・分野別に削減可能量を積み上げる「セクター別アプローチ」などというもっともらしい言い方を生み出したのだと思う。
削減可能量などと言ったら所詮人間のやることだから適当に甘くなるのが当たり前である(もしかしたらそういう人達は神様のご家族の方かも知れない)。
今そんな悠長なことが言っていられるのだろうか。そういう言い方をしている人達は一体未来をどうしたいというのだろうか。人間なんて所詮強制されなければ出来ない生き物でもある。先ずは温暖化による環境破壊を食い止められた現象が見られるようになるまでは、甘ったるいことを言わずにがむしゃらに突き進むしかないと思う。それが見えたら一段落、それから新しい文明を楽しめばいいと思う。それは孫達の時代か、ひ孫達の時代か、その先か分からないが、その為に今は多少我慢しなければならないのはしょうがないんじゃないかと思う。かぬー1
そういう時代に巡り会っただけのことに過ぎないのではないか。自分が好むと好まざるとに関わらず戦争の時代に巡り会ってしまった人生に比べれば、命が取られるわけではなく別にどって事はないのだろう。
この国は昔から最初に日が昇る「日の出づる国」と言って振る舞っていたのだから、今こそ、その「日の出づる国」に相応しい最初の太陽エネルギー国家を実践すべきではないだろうか。
総理大臣殿!適当にお茶を濁していないで、洞爺湖サミット頑張ってください!

沸騰都市ドバイ、というNHKの番組が放映された。黄花520
そこには異様な光景が映し出された。水もない木々もない砂漠の中に忽然と都市が出現したのだ。
砂漠の中に未来都市のような景観が現れたことを賞賛する人が居るかも知れないが、至って不自然な情景に見えた。
都市というのは古来から水と食料と火のエネルギーが豊富に手に入る土地に自然発生的に作られてきたのだと思う。
それらが不足するようになれば、また自然に都市は消滅してしまう物なのだと思う。
しかし、ここには石油と金以外に都市発生の条件である水もなければ何もない土地である。
文明が作り出したと言えばそうであるが、正に膨大な石油の海に浮かんだ砂船の都市である。石油をがぶ飲みにしてCO2を膨大に排出しないと成り立たない都市である。レンゲ520
この都市は人間の傲慢さが作り上げた最後の遺物であるように見えた。マネーゲームのための単なる思いつきで作られただけのものであり、自然風土に対して何の必然性も存在していないと感じた。
自然を無視することが進化だと思っている人間の象徴的なモニュメントのようである。
テレビに映し出された情景は確かに形としては面白いかも知れないが、有機的な潤いと優しさを感じることが出来ないカサカサとした無味乾燥な物体に見えた。
この時代になっても、あれを未来都市などと言って賞賛する人がいたとしたら、かなり時代錯誤ものではなかろうか。
あのイメージが使えるとしたら地球的自然環境が存在しない月面か火星の基地ぐらいだろう。地球の未来に対しての参考には全くなり得ないと思う。
世界一を目指すバカ高いビルが面白いかどうかと言ったら面白いだろうが、作るべきかどうかと言ったら、何の必然性もないから止めるべきとなるだろう。周りに土地が有り余っているのに上に高くする必要性など何処にもないのである。桃花520
それを見ても未来永劫まで存続する都市を本気で造ろうなどと考えていないのだと思う。
砂漠の中に新たに造る都市であるなら、せめて全く逆の発想から造るべきではなかったのか。砂漠という風土を最大限利用することからスタートすべきだったと思う。
石油ではなく無尽蔵に得られる太陽エネルギーだけで成り立つ都市にすべきだった。そうすれば世界唯一の文字通り最先端の未来都市にすることが出来るのだと思う。
風土や地形など自然の自然なあり様を無視したため温暖化の問題が発生したのではないのか。
自然の掟を踏みにじったことが環境破壊を招いたわけではないのか。
熱エネルギーを得るためにもう石油を浪費すべきではない。
石油はレア物質として、物作りのための大切な資源として長きに渡って使えるようにすべきである。
当然、有限である事には変わりがないので、完全リサイクルシステムの構築も欠かすことは出来ないだろう。
地球という小さな宇宙に浮かぶ球体の中に含まれている物は全て有限である。それらを全部消費し尽くせば都市と同様、消滅が有るのみではなかろうか。
自分の今より、孫の未来を大切にする勇気を持たなければ成らない時代になったことを悟るべきである。

昭和陸海軍の失敗/彼らはなぜ国家を破滅の淵に追いやったか/半藤一利・泰郁彦・平間洋一・保阪正康・黒野耐・戸高一成・戸部良一・福田和也各氏の座談会をまとめた本である。葦
これまで生きてきていろいろのことに興味を持ち、いろいろなことが知りたいと思ってきたが、その中でもこの前の戦争がどうして起こったのか、そしてどうして負けた(失敗した)のかを特に知りたいと思っている。
何故かというとこういう失敗は二度と犯してはならないからだ。
戦争に突き進むような強烈な力が動き始めてからでは全ては手遅れである。崩壊したダムの激流のように一度流れ出したら止められないのと同じである。
それらが動き始める社会状況の芽を見つけ、出来るだけ早時期に摘み取らねばならない。
また同じ過ちを犯す様であれば、この前の戦争で死んでいった人達に面目が立たないと思う。黄蘭
又、失敗例を学ぶことは常に勉強になる。それに対して成功例は、偶然付いていただけだったに過ぎなかったり、単なる誇張だったり、多くの場合ほとんど参考にならない事が多い。何故、旧陸海軍は負けたのか、失敗したのか、何故これだけ多くの死者を出さなければならなかったのか・・・・やはり自分なりに納得をしてみたいのである。特にこの国の今を知る上で過去の事実を正確に理解することは大切であると思っている。
なぜエリート集団と言われた軍人達が失敗したのか。不思議でならない。
エリートとは広辞苑によると「社会や組織の指導的地位にある階層や人々」とある。かなり優秀な民族と言われている日本人(現在に於いてそれはどうか分からない)の中のエリートである。それが国家を上げての大プロジェクトである戦争の運営に失敗したのである。しかしこの本の中にもよく出てくるのは学校の勉強に於ける成績が良かった者が一応エリートとされているのである。そして戦争に勝つことよりも年功序列が優先し、建前が重要視され、前例主義が幅を利かせていたのである。庭紫
その上、情緒主義や人情主義が横行していたのである。もしかしてこれは本当はエリートではなかったのではないだろうか。もし本当のエリートだったらこんな国家の運営の仕方はしなかったはずだ。しかしこの国は今もこの程度の人達がエリート呼ばわりされているのではないだろうか。
エリートと呼ばれる様になるプロセスも、現在の情況も実は当時と何も変わっていないように思える。
全ての対処に遅れる無能さを見ても、前例主義のバカの一つ覚え的やり方を見ても、この国の運営役にはなり得ないように見える。
今でも昔でも実体験を伴わない室内の勉強だけでエリートなんて育つわけがないだろう。まして、ゲーム世代では益々この国を滅ぼすのではないだろうか。
今のままで温暖化対策を含めて、行く末を、エリートと称されている人達に任せるわけにはいかないように思えるのだが・・・・

5月で64才になった。64年も生きたなという思いと、残りは少ないなという思いが、何とも複雑な心境を作り出している。桃花514
それは脱サラをして22年がとても短く感じられるからだ。
実際自分はどれだけの仕事をしてきたのか、これからどれだけ仕事が出来るのか、人の役にどれだけ立てたのか、これからどれだけ立てるのか、そんなことがいまだに頭の中をぐるぐると回っている。
特に温暖化を引き起こした張本人の一人である自分が、これからの世代に対して何をしなければならないのか、何を残さねばならないのか、64にもなって葛藤が続いている。
私の母は38年前に50年と1ヶ月あまりの人生を終えた。それに比べれば随分長く生きたことになる。
13年前に母の生きた51才になった時、何だかホッとした気持ちになったことを憶えている。ツツジ5141
母のことを考えれば、これからの時間は余録だと思ったからだ。
余録の時間なら、もう少し気楽に大胆に思い切って生きられるのではないかと考えたが、いまだに何が正しい生き方なのか、どう生きることが一番良いのか分からないで居る。
しかし、脱サラして22年を二人で何とかやってきたことは正解なんだろうし、やれてきたことは良い人生の内であると思う。
上を見れば切りがない。いずれにしても二人三脚で来てくれた妻には感謝である。
63才になってからのこの一年を振り返って見ると、もっと何かが出来たんではないか、もっと努力すべきだったんではないか、とやはり反省してしまう。
温暖化対策に対応できる建築部材の開発というテーマをずっと掲げ、この一年で開発した物は木造住宅ダイレクトゲイン用の「集熱用アルミ床材」しかない。しかし、開発したとはいえ、いまだに商品として機能していない。要するに空回りが多いのだ。
弱小企業が生き残る道は誰よりも先にまずトライするしかないと思っているのだが、宣伝力がない弱さをつくずく感じている。白花514

「まず先にやる」とは言ってもそこにはタイミングがあり、それが合っていないと、方向は間違いなくとも、結果的に独りよがりの独り相撲になってしまう。
グッドタイミングを狙うのは何とも難しい。
つまり温暖化対策に対して、一般のより多くの人が理解でき、流行らせるための先導役にならなければと思っているのだが、その当てが外れてしまう毎日を経験している。
一般の人達が何を考えて生活しようとしているのかがいまだに余り理解できていないのだろう(企業を経営していく為には能力不足?)。
つまり自分自身の中では当然だと思うことがこの社会では当然になっていないのだ。
先を見てこれからの時代に必要になるだろう新しい物を開発することはそう難しくはない。何故なら、理論通りに進めればよいからだ。
しかし、人の気持ちは、どうもこちらの理論通りにはいっていないようだ。ハナミズキ514
政治を見ていても、道路建設に対して、大の大人がよくもまあ筋の通らない屁理屈をいけしゃあしゃあと宣わっていらっしゃる。
「粛々と」なんていう言葉をさも自分達の特権であるかのようによく使うが、ようは「問答無用!」と余り変わらないんじゃないんだろうか。「決まっている物は決まって居るんだ!」と居直っているのは少し大人げないように見える。
決まっている事が変わるのがこの人間社会であり、何も変えなくて良いなら政治やさんなど初めからいらない。
「いくら道路を作っても環境が悪化してしまったら意味無いんじゃないか!」なんて言う言葉は○○グループの政治やの間のどこからも聞こえてこない。
「国滅びて道路あり」なんて全くアホな話である。
まあ、しかし、どんな社会であろうと自分が正しいと決めた目標(これは民意でない)に向かって、また64才という一年の時間を全力投球で消費してゆかねばならない。
この一年の間に必ず「断熱ロールカーテン」の商品化を目指すつもりだ。


自己の体調管理をする上でも、一日の走行距離はかなり正確に出す必要がある。トンネル
主要な国道を走る(自転車の旅としてはちょっとナンセンスであるが)のであれば、車用の道路地図に距離が書き込まれているので参考にすることができるが、そうでない道を走る場合はインターネットの地図上でそれを調べておく必要がある。
路地裏gooの地図なんかでも距離を出す機能があるが、あくまでもドライブ用であり、いちいち住所を入れなければならないなど使い難い面もある(そうでない使い方があるのかどうかは知らない)。
私の場合は、自転車をベニアで作った特性の箱に入れて、前もってスタート地点近くの「くろねこ宅急便センター」へ送ってしまうので、そのホームページに乗っている裏技を使っている。
先ずは「最寄り店検索」をクリックする。日本地図が出てくるので県名をクリックする。
更に市や区クリックし、距離を知りたいスタート地点の地名を指定する。
そうするとその地域の宅急便センターが乗った地図と、その住所などと「ルート」と書いた表示が出てくる。そこをクリックするとまた同じ地図が出てくるので、その地図上でクリックするとセンターまでの道筋と距離がメートル単位で出てくる。ヨットこれをうまく使って目的地までの距離を正確に出すことができる。
また距離以上に重要なのが道路のアップダウン状況を掴んでおくことである。
アップダウンの状況によっては走行距離をもっと短くしておく必要もあるからだ。
国土地理院の1/25000の等高線と道路の関係をじっくり見ながら、現地の状況を頭の中に描いて感じを掴む必要がある。
これを見誤ると現地に行って「えっ!!」ということになる。
アップダウンの多いコースの場合は、その距離の半分である上り坂を全部歩いたと仮定し、先ず時速4Kmで割って掛かる時間を出す。もう半分は時速30Kmで下るとして30で割り、その両方の時間を足して予想最大走行時間としている(但し、出発場所と到着場所の海抜が同じぐらいの時のみ有効)。レンガ
自転車の旅は、自転車で走っている時にはCO2は出ない。
そこへ行くまでの交通手段は、我々が利用しなくてもCO2を出しながら動いている公共の乗り物を使っている。
車のように少なくても我々が旅をする為にだけ特別動かすわけではないので、余計CO2が出たわけではない(厳密に言うと二人分の重さが増えたためエネルギーの消費は増えているが・・・)。
しかし、我々が新幹線に乗ったため他の人が席を取れず、車で行く羽目になったとすると「我々の旅はCO2がゼロだった」とは簡単に自慢するわけにはいかない。
この連休のように全員が一斉に休みを取るような、国によって決められた「連休」のあり方は、これからの時代にはそぐわないのではなかろうか。
仕事も学校もある範囲で休みが自由に取れるような、余裕と寛容さのあるシステムが社会のエネルギー消費を減らす上で必要だろう。


今回の佐渡の旅で、コースの取り方でちょっと反省したことがあった。翼船
日程は特に5月の連休そのものを使ったため、1ヶ月前までにと時間が無い中、急いで計画を立てた。そのため特に相川の町と佐渡金山について詳しく調べなかった。それらを知った上でコースの計画を作っていれば、更に良い旅ができたと思う。
何事も手を抜いてはだめだ。
勿論結果的に訪問できたので問題なかったのだが、通りすがりでいくら時間を取ったところで、所詮通りすがりに過ぎない気がするからだ。
見たい町であればやはりそこに泊まるべきだと思う。
そうすれば夕方と朝の町の空気を感じ取るこることができ、昼間では気が付かない良さを更に見つけることができると思う。藤
やはり計画は余裕を持ってじっくり練るべきである。
計画というと、二人とも60を過ぎての自転車旅行な訳だから、距離もしっかり押さえておく必要もある。
また万が一途中で走るのを止めざるを得ない時の事を考えて、バスや列車の時間、タクシーの電話番号はきっちりと調べておかねばならない。その上で中止する時のシミュレーションを十分イメージしておく必要がある。
やはり年を食った分だけ念には念を入れて計画を立てておく必要があるだろう。
そうすれば余裕を持って安心して旅に出ることができる。
学生時代の夏休みのように、その時の気分で日程が狂ってもどうってことない身分であれば、余り細かいことを言う必要もないとは思うのだが、仕事をしている以上、よほどのことがない限り日程を動かすわけには行かない。
そうであれば、ある程度の目安になる予定時間は予め立てておく必要がある。裏道勿論その時間の中では無理の無い走行距離にしておくことがとても重要である。
一日の走る距離はだいたい40~50Kmぐらいにしている。そうすれば、あっちを見たりこっちを見たり、かなりのんびりした旅にすることができる。
一日50Kmだとすると、時速12Kmで4時間ちょっとということになり、宿を朝8時に出て次の宿に18時までに着けばいいやとすると、10時間の内6時間近くのフリーな時間が持てることになる。このくらい時間の余裕があると美術館や資料館にも寄ることが出来る。
自転車の旅だからといって一日中自転車に乗っている必要はない。

次回に続く


ちょっとブログがご無沙汰でした。5月3日から6日まで佐渡に行った。夕日59
勿論、トレンクルで、1ヶ月前にコースを決め、宿と新幹線と水中翼船の予約と指定券は取っておいた。
何と言っても5月の連休であるため、早めに準備を完了させた。
今回は久し振りの佐渡であった。前回は、と言っても42年前の学生時代であるが、自転車クラブの仲間3人と夏休みに下半分を走った。これでやっと佐渡の一周を完結することが出来た。後ろ59
コースは先ず新幹線で新潟へ、そこから水中翼船で両津港へ、バスで島の反対側の佐和田へ行き、くろねこ宅急便佐和田センターで5月1日に送っておいたトレンクルを受け取った。
トレンクルを入れてきた特製の箱は、そこから両津宅急便センターに送った。帰りは又それに入れて送り返すためだ。
今回の上半分のコースは合計114Kmとなった。若い頃は1日で走る距離だが、60過ぎの二人では致し方がない。3日は13Km、4日は43Km、5日は58Km走った。
距離を見れば分かる通り、いつものようにノンビリした旅となった。
但し5日は時々強い雨にやられたので景色をノンビリ見ている訳にも行かず、走っている事に集中させられた。お陰でチェックイン前に宿に着いてしまった。桐花
雨具は自転車用ポンチョにゴアテックスのパンツ、靴はこれもゴアテックスの防水透湿タイプである。その上、後ろの泥よけには更にベロを付けてあるので、タイヤからの跳ね上げも無く快適に走れた。
今さら気分の良くない旅はしたくないので雨対策は万全だ。
景色は素晴しかった。それをつたない文章ではとても表現できないのでご想像にお任せするしかない。その上、5月の連休というのに何しろ車が少なく、そう言う意味でも快適だったし、薄紫の藤と桐の花に、日本海に沈む夕日に何度もシャッターを切った。海とそこに流れ込む透明な水にも、気分を更に良くさせられた。
快晴の日射しの中を走る時、本当に水が上手いと感じる。普段の生活では感じることの出来ない味だ。自転車の旅では特に水のうまさに感激させられる。集落59
5日に一人で佐渡を一周している人にあった。押出岬の最も長い上り坂でトレンクルを押しながら歩いている時、私たち二人をこぎながら抜いていった。その時一声二声言葉を交わした。その後、10Kmぐらい走った所で土砂降りになった為、一休みと思いドライブインの屋根の下に飛び込んだ。そこのベンチに先ほど抜いていった人がニコニコしながら座っていた。「何日か前は、今日は晴れの予想だったのにね・・・」目があった早々、恨みの雨の話から始まった。40才ぐらいだろうか、秋田から来た人だった。「車はもういいですよ! 自転車は面白いですね! 自転車を始めてまだ一年半なんですが・・・」集落259
「車はもういいですよ!」という言葉に何とも言いしれぬ重さのような物を感じた。こういう人達がどんどん増えてくれれば社会はもっと楽しくなると思うのだが・・・・
名前も住所もお互いに聞かないまま分かれたが、自転車の旅をしていれば又何処かで会える人のような気がした。
佐渡の道に車がいくら少ないと言っても、時々、大きなセダンに出会った。何だか今回は、佐渡の景色に大きなセダンが似合わない気がした。特に大きいと何とも不自然な感じがしたのだ。まず自然とバランスが取れないし、乗っている人の大きさとバランスが取れないのだ。二台
車の大きさには軽もあるしベンツもある。一体全体、車の大きさとエンジンの大きさは何の根拠に基づいて決めて居るんだろうか。何か必然性って有るんだろうか。必然性があるとすればそれは持っているお金の量かも知れない。然し、車の図体が大きいと道路占有率も大きくなる。エンジンも大きいから排ガスの量も多くなる。高価で大きな車を買うと言うことは社会的なマイナスも同時に背負い込むことになる。この時代やっぱりそういうのは可笑しい感じがする。そう言えば何時の頃か憶えていないが「大きいことは良いことだ・・・」というコマーシャルの時代があった。
相変わらず自転車の旅の中ではいろいろなことを感じることが出来るし、見ることが出来る。いつ来ても自転車の旅は楽しい。
こんな楽しいことを我々だけで独占しているのは何とももったいない気がする。今回はロードレーサーにに乗った若い夫婦1組みに出会っただけだった。単に自転車に乗れれば誰にだって自転車の旅は可能である。是非思い切ってご夫婦で飛び出してみては如何だろうか。

ガソリンの値上げが反対か賛成かと言えば、それは当然賛成である。
勿論、道路にこれから60兆もつぎ込みたいグループのアホなやり方に賛成しているわけではないのは当然である。花見月52
車からのCO2を減らす最良の方法は、出来るだけエンジンを動かさないことであることは言うまでもない。
しかし、こんな楽な乗り物を持っていながら動かさないで、出来るだけそっとしておくことは中々難しい。
CO2削減の為に、温暖化回避のために、環境のためにと理性を働かせて出来るだけ車に乗らないようにと言ったところで、ほとんどの人にとっては馬の耳に念仏である。
だからといって無理に強制することは出来ない。赤52
じゃほって置いて良いかというとそうも行かないだろう。充電式バッテリーを積んだ電気自動車や水素利用の燃料電池車が出れば別だが、まだ出ていない。
来年か再来年には電気自動車が出るらしいが、出たところで普及するのにはかなり時間が掛かるだろう。それまで手をこまねいているわけにはいかないのだから、何か手を打つ必要がある。となると、先ずは利用頻度を下げるしかない。
しかし、いくら口で言っても聞き入れられそうもないのだから、ガソリンの値段を上げて使いにくくするしかない。車を使うメリットも勿論大きいが、使わないメリットも非常に大きいと思う。
使わないメリットとしては、車に乗らないで歩いたり自転車に乗ればその分健康には至って良い。メタボもかなり解消できる。乗らなければガソリンを余り買わないのだから家計が助かり、その分を他の楽しみに使うことが出来る。時間つぶしのために乗ることが無くなるだろうから、本を読んだり、物を作ったりする時間が増える。乗る時間が減る分緊張してぎすぎすした気分の時間も減る。交通事故を起こしたり、遭遇する確率が減る。部品の消耗が減るため車の買い換え寿命が延びる、など個人的なメリットは大きい。楓52
社会的なメリットとしては先ず当然CO2の排出量が減るので、温暖化対策に貢献できる。道路が空き、スムースに走れるため効率が上がり、CO2の発生量が更に少なくなる。道路の騒音が減り静かな街を取り戻せる。駐車場がすくため更に道路がスムースになり、業務用の車の効率も上がる、などなど上げると切りがなさそうだ。
それではディメリットは何かというと、どうしても使わなければならない人が使い難くなる。身体にハンディキャップを持っている人、小さな子供を育てている人、業務用に使う人と企業など、これもいろいろな情況の人達が居るだろう。
それなら状況に合わせて還付するシステムを作ったらどうだろうか。結果として1リットル100円で利用できる人がいたり、150円だったり、200円だったりということになる。こんなシステムを作るのはこの国の優秀な数多いパブリックな人達がもう少し仕事を増やせば大したことはないだろう。
スズラン52車が必需品であるなら誰でもが使わねばならない時に使えるように、その収入に応じて、ハンディキャップ、社会機能を維持する重要度に応じてガソリン代が変わることは当然なのではないだろうか。
1リットル200円や300円になれば、無駄なアイドリングも無くなるだろうし、意味のない吹かしも無くなるだろう。
金も持っているからガソリンを多く消費し、CO2を大量に排出して空気を汚しても1リットルの金額が同じというのもおかしいと感じる時代に入ったんではないだろうか。
人間は皆同等に良い空気を吸う権利を持っているはずだと思うのだが、ガソリン代を高くして少しでもきれいな空気の社会を作ろう、何て言う政党が出てきたら100%落選するだろう。
残念ながら車のCO2排出抑制など今のこの国の生き方ではほとんど無理なのかも知れない。



またガソリン代が上がる。
値上がり前の駆け込み給油でスタンドは長い行列が出来た。赤葉51
家のプリウスの方は確か一ヶ月ほど前に入れたのだが、いまだに満タン表示なので入れる必要もなかった。
出来るだけ乗らないということが功を奏した訳である。
勿論家を出なかったわけでなく、気分転換は二人でEOS Kiss Digitalをぶら下げて歩きか自転車である。我孫子は上野から35分でこられるとは思えないほど、手賀沼、利根川など遊べるところが多く、ストレス解消がしやすいところだと思う。
ガソリン価格が下がったり上がったりは何とも頂けない。
しかし、現状を維持したいがために、バカの一つ覚えで進めようとしている政党を見ていると、この国はもう手の打ちようが無いのかなとと思ってしまう。
大体、莫大な借金が増え続けているという情況が有るのだから、先ずやることはその原因を一つ一つなくすことだろう。
白花51企業や家庭であれば、先ずあらゆる所にメスを入れ効率を上げようとするはずだ。
つまり今までのやり方が借金を生み出したのだから、そのやり方では駄目なことはアホでも分かると思うのだが、何で国になるとそんなアホでも分かる理屈が通じないんだろうか。
まあ、選挙のことを考えると、その対策のために動かなければならないのだろうが、いずれにしても根本問題は一度決めたら現在の状況を一切見ずに、ただ黙々と進めるだけという知能の低いところにある。
詰まるところ、そういう選挙を平気でやっている選挙民のレベルの低さに行き着く。
大体、こっちが選んでおいて先生でもないだろうと思うのだが、そういう空気がいまだに蔓延している所にこの国の限界があるのだろう。
競わせなければ良くならないという人間の本質さえ理解できていないで、ただ「おらが町の先生」だけで投票が行われるんだからどうにもならない。
競って自分を伸ばすことが出来た経験をしたことがないのだろうか?
選挙というものは別に優秀な人を選んでいるわけではないのだ。
夕日52単に自分から「皆様の意見を代弁する仕事を私にやらせてください」と勝手に出てきた中から選んでいるに過ぎないのだ(中には推薦された人もいる)。
能力が本当にあるかどうかも分からないのだから、少なくとも常に競わせなければならない。
それが「おらがの家は代々なんとか党だ」なんて言って居るんだから手の着けようがない。
より心地よい社会を作り上げてゆく為には、片方が少し調子に乗ってきたなら、辞めさせて、もう一方にさせて見れば良いだけのことなのだ。
選挙はファン投票ではないのだが、まだそんなことも分かっていないようだ。
などと政治のことを書くつもりではなかったのだがついつい愚痴に成ってしまった。

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