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幸いまだ新型インフルエンザは発生していない。
2008年12月4日のブログで新型インフルエンザについて書いたが、各人の対策の重要さが益々明確になってきた。
現在、高病原性鳥インフルエンザ(H5N1型)の感染が時々報道されている。
これはまだ新型インフルエンザの発生ではない。たまたま鳥から人にうってしまっただけであり、まだ、人から人へうつるウイルスには変化していない。
枯れ花これが人から人へうつることが出来るウイルスに変化すると新型インフルエンザウイルスの発生である。
抗体を持たない人類の中では爆発的な感染拡大が危惧されている。
現在の鳥インフルエンザの感染による死亡率は非常に高い。鳥インフルエンザから人への感染は日本では起きていないとされているが、中国から東南アジアにかけては発生している。
2003年11月以降、2009年1月19日現在、中国では発症者34人に対して22人が死亡、ベトナムは107人中52人、インドネシアでは139人中113人、カンボジアでは8人中7人、タイでは25人中17人、エジプトでは52人中23人などの死亡が確認されている。
これだけ見ても新型インフルエンザにはかなりの恐ろしさを感じる。これらを起こしているウイルスはH5N1型と確認されており、このまま人から人へのウイルスに変化したとすると、非常に毒性の強いウイルスになるそうである。どう甘く見ても感染者の半分は死亡ということに成りかねないと感じてしまう。
国が出している死亡者60何万人というのはかなり甘い数字なのではないだろうか。
現在の日本人口は1億2700万人ぐらいであるが、その内の20%、5人に1人が感染したとすると、2500万人ぐらいが発症することになる。その内の10%が死亡しても250万人である。各国で発生している鳥インフルエンザによる死亡率から見ると、どう少なく見ても半分は死亡することになってもおかしくないことになる。ちなみに上記6カ国の死亡率平均は約64%である。もしこのままの数字が生きたとすると、1600万人が死亡(前の戦争では300万人が犠牲になった)することになる。ただしこれは国民の20%しか発症しなかったという前提であり、それも過疎地も含めた日本全体の平均である。人口密度の過剰な都市部においては20%どころでは済まないことが予想される、となるとやはり死亡者数60何万人という予測はいかにも甘すぎる。
もしそんな数字に基づいての対策であったなら何とも心許ない。
だいたい国が予測するという数字というのは、今まで、異常にピントがずれている実績がある。特に交通量の予測や、水利用の数字などはことごとく外れている(これは意図的なところも非常にあると思う)。にもかかわらず、ピント外れの予測値に基づいて税金を無駄遣いする体質を持っている。そういうことから見ると、新型インフルエンザによる死亡者数60何万人という予測も多分全く当てに出来ないだろう。錆び

今までのこの国の国民に対する対応を見ていると、例えば、薬害エイズにしても、C型肝炎にしてもその対応の遅さは際立っている。想像力を働かせた臨機応変さというものが皆無だからだろう。
機械的に過去の対応の事例を出してきて、責任回避とメンツを保つことだけしか考えない体質があるからだろう。
何よりも基本的に国民個人を助けるという基本理念が無いことが大きいと思う。
そんな体制のままで、初めて体験する新型インフルエンザに対応できるはずがない、と考えるのは至って当然であろう。
単に国の動きを待っていて、手遅れになってからでは打つ手が無くなってしまう。いくら文句を言ってもあとの祭りである。

そんなわけで新型インフルエンザ対策はその原理と想像される結果を十分理解し、自己防衛するしかないと思う。
対策は二つに分けて考える必要がある。
第一は勿論感染しないための対策である。もう一つは残念ながら感染してしまった時の対策である。
無論、感染しないために全力投球することは当然であり、その最大の策は籠城である。家を出ないことである。当然人も入れないことにもなる。
パンデミックが始まりそれが一応収束するまでは二ヶ月が必要と言われている。二ヶ月間自宅内でキャンプ生活である、と思えばよい。
もしパンデミックが起これば社会のインフラは大幅に機能低下するだろう。食料の産地からの運搬もかなり減じるだろうし、例え届いたとしても販売システムがいつものように機能するとは考えにくい。当然、電力、ガス、水道などに関わる人達の多くもダウンしてしまうだろう。
無人島で二ヶ月間のキャンプをする覚悟を持たなければならないかもしれない。
食料、燃料、水、医薬品、それに万が一外出することも考えてN95マスク、ゴーグル、手袋、そして帰宅時にそれらを含めて消毒する薬品なども必要であるだろう。
つまり徹底的にパンデミックの期間はウイルスと遭遇しないようにするしかないのである。
そうはしていても新型インフルエンザに感染するかどうかは、運もあるだろうが、先ずは体力が勝負であることは間違いない。今からの体調管理が大切なことは言うまでもない。
ちなみに我が家では、食料、燃料、マスク、ゴーグル、手袋、クレベリン消毒薬、うがい薬、除菌加湿器など十分ではないが一応準備してある。
対策はいくらしても感染しない保証には成らない。その為、次に感染してしまった時にダメージを最小限に抑える対策も必要である。
しかし、一度家族内に入り込んでしまったウイルスから逃げる手だては体力以外にほとんど無いだろう。128釘
新型インフルエンザに感染して死に至る原因の多くは肺炎と言われている。体力が落ちたところを肺炎菌にやられるからだ。
その確率を下げるためには肺炎球菌ワクチンの接種は最低限必要だろう。(肺炎球菌ワクチンの接種に健康保険は適用されていない。シニアの医療費が問題になっているなら、肺炎球菌ワクチンの接種は絶対必要と思うのだが、この国では常識化していない。その為、接種には9000円強の金が掛かる。ちなみにWHOではこのワクチンの接種を奨励しており、米国厚生省では高齢者などに対してはインフルエンザワクチンと併用して肺炎球菌ワクチンの接種を奨励しているようだ。1999年ですでに65才以上の人の半数以上が接種しているらしい。この国では肺炎球菌ワクチンの接種も奨励していないし、勿論、人工呼吸器の備蓄など全く考えていないのだろう。ニューヨークでは毎年850台の人工呼吸器を何年も備蓄しているということらしいが・・・・)
自分の国民を助けることに慣れていないこの国で、パンデミックの混乱下で満足の行く治療が受けられるとはとても思えない。いくらタミフルが備蓄してあったとしても、48時間以内に投与されなければほとんど効果がないとされている。今でも医師不足、診療拒否が行われている状況なのに、パンデミックに成ったからと行ってすぐに対応できるなど全く考えられない。
本当に自己防衛を考えるなら、家族をなるべく助けたいと思うなら、抗インフルエンザ薬の自己備蓄も考えるべきであろう。
自己対策というのは感染確率をいかに下げられるか、死亡確率をいかに下げられるかということである。
何もしなくても感染しない人も居るかもしれない。どんなに対策をしても最悪の結果になるかもしれない。これは確率だし、運命だから仕方がないことである。
しかし、根拠のない粋がりを選び流れに任せるか、想像力を働かせて対策するか、その選択は自由である。
あなたは何を選んだらよいと思うんだろうか・・・・

厚生労働省:健康:新型インフルエンザ対策関連情報

農林水産省/鳥インフルエンザに関する情報

厚生労働省/新型インフルエンザ対策行動計画

千葉県新型インフルエンザ対策関連情報


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オバマ大統領を懐くアメリカが発進した。グリーン・ニューディール政策もスタートするようだ。
今回の大統領就任の経緯を見ているとアメリカの大きさを感じる。
大国である。よくもまあ、あんな国と見境もなく戦争をしたものだとつくづく感じた。124夕暮れ22日のニュースでこの国の環境小(環境「省」ではイメージが合わない)がこれからの環境対策について急遽有識者の意見を聞いている場面が報じられた。環境小の中にも、現在、政治を仕切っている連中の中にも有識者は居ないのだからしょうがないが、今更何ともお粗末な話である。
今度は環境対策でもまたアメリカの尻を追いかけるつもりなのだろうか・・・・
環境問題に対しては、政治的には正に劣等国である。
民間の技術は優れていてもそれを有効に利用できる人材が政治と行政には居ないのだろう。
有識者が身内にいない為、外から呼ぶのは呼ばないよりましだが、今更教えてもらうのだから、普通の感覚だったらこっそり呼ぶのが常識ではないのだろうか。そんな恥じる感覚すら存在していないこの国の政治は何とも表現のしようがない。
124ヒヨドリ
環境問題は人間の欲望を満たすための自由行動が作り出したものである。それを解決するのは政治しかない。その政治がこの国はこの始末である。
勿論根本原因はそんな政治を選んでいる国民にある。
しかし、選ばれた以上、族議員などと呼ばれて恥もせず、肩で風を切っていないで、この国の国民こと、地球のことに全力投球すべきである。
何しろ国の政治と行政を維持するための金の全ては、国民が自分たちの代わりにやってもらおうと出資した金である。
しかし、この国は委託する意識も希薄であれば、委託されている意識も希薄と言うより皆無である。
世界第二の経済大国と言っても、未来に対するビジョンの持ち方は国土面積と同じように相変わらず小さな劣等国だと思う。
国の大きさと、政治家の大きさは少なくともアメリカとこの国を比べると全く比例しているように見える。
片や英語で感動を与え、未来に希望すら与えてくれる演説だが、一方は至って分かりやすい日本語であるにも関わらず、何の感動も国民に与えない。それどころか、むしろ失望を助長することが上手いということはどういう事なのだろうか。
意固地になって相変わらず二兆円をばらまくという、何と小さいのだろう。小学生が駄々をこねているようにさえ見える。
124鳥二羽
環境問題は政治が決断するだけで決まることである。民族問題や宗教問題などに比べれば、世界共通問題であり至って同意を得やすく、解決しやすい問題であるはずだ。と同時に、経済を活性化できる最大のテーマでもある。
但し、今までの既成の価値観や、それによりなされてきた自分の実績を捨て去る勇気が必要である。過去に固執するよりも、新しい想像に楽しみと価値を作り出す生き方を選択する必要がある。
環境対策に対しても大国アメリカの後をちょこちょこしっぽを振ってついて行くしか、政策を作る想像力の無い劣等な人材しか居ないのは、今まで大金を使って教育をしてきた結果であり、今更どうにもならない。
しかし、アメリカが大英断をして環境対策を実行するなら、それについて行く方が行かないよりよっぽど良いだろう。
見ての通り、どうせ自分自身では煮え切らない対策しかつくれないのなら、これも相変わらず外部の力に頼るしかないだろう。飛鳥
理由はともかくとして、人真似であろうと大きな実行力が働くなら、この国にとっても、地球にとっても良いことになる。
これからAソーリがアメリカにご挨拶に行くのだろうが、今回だけは止めた方がよいと思う。
あまりにもスケールに差が有りすぎるし、どうせすぐ取って代わることがはっきりしているんだから、挨拶で時間を取るなど、むしろ相手に失礼に当たるのではないだろうか。
国民が支持していないのに代表のような顔で行ってもらっては、国民の1人として何とも納得が行かない。
選挙を早くして、それでも、もし、もし、もし、万が一選ばれるようなことが有れば、それからでも遅くはあるまい。

縮尺1/450、実寸585mmの戦艦武蔵を組み立てた。
勿論、戦争が趣味でもないし、旧海軍の信奉者でもない。単にバラバラな物を完成させてみたいことと、孫に作って見せてやろうと思ってのことである。
今まで特別プラモデルに趣味であるわけでもないが、仕事のことを忘れて指先に神経を集中させて組み立ててゆくのは中々面白いのだ。
さだかではないがボケ防止にもかなり役立つのではないかとも思っている。
前方土曜日の朝から深夜まで掛かって一日で完成させた。
自分でも感心するぐらいの集中力であると思った。
完成と言っても色まで塗るつもりはない。
あくまでも指先で組み立てることが目的である。
組み立てていると、いくつかの疑問を感じた。
一つは、対航空機に対する機関砲が不自然さを感じさせるほど多いこと。
二つ目は、その機関砲に防御壁が無いこと。
三つ目は、こんなに航空機から攻撃されることに神経を使いながら、巨大な大砲を持っていることである。つまり相手は戦艦に対して戦艦は使わないことを明確に意識していることである。
巨砲は戦艦同士が戦うための物であり、航空機による攻撃を想定しているということは、戦うべき戦艦が向かって来ないことを意味している。
要するに目指すべき目的が明確でないし矛盾しているのだ。
多数の機関砲は、巨大な使うことの無い大砲を持った戦艦を、航空機の攻撃から守るために装備されていることになり、何とも変である。
また防御壁のない機関砲を取り付けていると、これもいかにも不自然な感じがした。
機関砲は攻撃してくる航空機を打ち落とす物である。
そうすれば機関砲を撃っている人が戦闘機に狙われるのは当然である。小学生でも分かる自明の理である。
斜めにもかかわらず防御されていないのは、ここでも人の命を考えていないことを示している良い例なのだろう。
それとも精神力が有れば防御壁などいらず勝てると本気で思って設計したのだろうか。
だとしたらあの時代はやっぱり完全に病気であったのだろうことが再確認できる。
巨砲が意味無いことを見抜いていた人も当時この国にはいたはずだ。しかし、結局その意見は受け入れられなかった。
結果は予想通りになった。為す術もなく多くに命を巻き込み撃沈された。
実際にどのような最期であったのか、特別調べていないので分からないが、相手の痛手はほとんど無かったのではなかろうか。
後部たかがプラモデルに過ぎないが、組み立てていると改めていろいろなことが感じられて、その点でも面白かった。
意味のない巨大戦艦の建造は未来の予測の誤りであり、古い価値観に固執した結果である。
今もそれと同じ事が懲りもせずいろいろな場面で繰り返されようとしている。
温暖化対策しかり、新型インフルエンザ対策しかり、経済対策しかり・・・・多分上げたら切りが無いのだろう。
現代で言うと、巨艦巨砲時代から航空戦略時代への変化は、化石エネルギーから自然エネルギーへの切り替わりに相当すると思う。
これを見誤ると大和、武蔵の二の舞になるのだろ。
この国は相変わらず過去の失敗を覆い隠すのに一生懸命で、それを反省し、そこから学び、未来に生かそうという気概は勿論、想像力も全く欠如しているような気がする。つり
ところで実は、この武蔵の前に1/700の大和を作ってあり、孫はいたく気に入ってもらっていた。家に来ると、いつも大和も持ち出して遊んでいた。
その為、大和の置いてある場所に一回り大きい武蔵を突然置いておいたら、どんな反応をするか楽しんでみたかった。
反応は「あれっ・・」と思ったようだが、「ニコ~ッ」としただけで結構冷静だった・・・・




全米自動車ショーで新型プリウスと新型インサイトが発表された。
勿論いずれも超低燃費のハイブリッド車である。
上の写真がインサイト、下がプリウスである。
イン

ぷり
フロントの表情は違うが、横から見た感じは非常によく似ている。
車が趣味の人から見れば細かいところで色々違うのだろうが、空気の流れの処理から見るとほぼ同じデザインと言える。
この写真の前を隠すと普通の人では見分けが付かないくらいだ。
勿論どちらかが真似したわけではないだろう。
燃費を競って行った時の一つの帰結なのであろう。
つまり空気抵抗を少なくするために形を考えて行った結果なのである。
これは設計者の個人の好みではなく性能を求めた結果、決まった形なのだろう。
こういう物は他にも多くある。フォーミラーカーなどは良い例である。戦闘機なんかもそうだし、一眼レフもそうだ。特別趣味でない人には皆同じに見えるだろう。
いよいよ車もこういう時代に入ってきたのだと思う。

トレ乗る人の大きさと人数が同じ、無論四輪であることも同じ、巾と高さも変わらないし、重さもそうは変わらない。下部はほぼ直線で変わらないとなると、空気抵抗に対しても処理が重要になり、上面のカーブが似てしまったのだろう。
燃費を突き詰めない車であれば、形は設計者の趣味で決めることが出来た。
一般の人達が好む形を考えさえすれば良かった。単に見た目が良く特別燃費が悪くなければ、それで一丁前の車として成り立った。
しかし、燃費がテーマになるとそうはいかなくなり、今回のように似たような形に成るのは必然なのだと思う。
車がこういう時代に入り、次は住宅がいよいよこういう時代にはいるのだろう。
これは全て温暖化問題がトリガーに成っている。
CO2を出さない車を目指してハイブリッド車が出てきた。
次は住宅である。
同じフォルムのハイブリッド現象を住宅に当てはめてみると非常に面白い。
大体、住宅に於ける機能美とは何なのだろうか。
今までそういう考え方は存在したかというと、ほとんど存在していないだと思う。
住宅における温暖化対策とは何だろうか、というとその一つにエネルギーの自前化ということがある。
わらじエネルギーを自前するという発想はいまだにほとんど存在していない。
ほとんどと言ったのは、多少は出現しつつあるからだ。
温暖化防止対策の普及はエネルギーを自前しなければならない需要を生み出しつつあり、エネルギーを取り込む必然的な形を考えざるを得ない状況を作りつつある。
エネルギーを自前する機能を追求すればするほど、その場所の風土に頼る形を作らざるを得なくなるだろう。
昔のように風土が違えば形が違うという、至って自然な形で家が作られてゆくことになるだろう。
風土を生かしたその土地特有の形の家が作られてゆくだろう。
その為、単なる個人の好みだけではどんな家も作り得なくなるかもしれない。
その土地の風土に馴染んだCO2を出さない快適な家こそが、これからの本命になるだろう。
同じような形のハイブリッド低燃費車が出てきたことは、あらゆる場面で省エネのための機能美が追求されねばならない時代を意味しているのではないだろうか。


新しく作られた道路ではなく、忘れられた旧街道を通ってみると色々な世相が見え、感じることが出来る。特に自転車で走ると、歩いたのでは分からない路面状態や道路の作り方まで直接体で感じ取ることが出来て面白い。
また旧街道を走ってみると多くの歴史に出会うと同時に、今のこの国の古い物に対する態度も見えてくる。110大根
旧東海道は正に歴史の道である。秀吉や家康の軍隊も、幕府を維持しようとする侍達も、明治維新を達成しようとする薩長の強者達、勿論多くの庶民達がこの道を通った。
その道がずたずたにされ、今まさに忘れ去られようとしている。
残念としか言いようがない。
前回書いたように旧東海道をトレンクルで走るのは四回目である。
四回もトレンクルで走ると、旧街道の特徴も随分わかってくる。
車では多分こうはいかないだろう。クッション性の良い車では道路状態は感じられないし、車のスピードでは細部は見られない。その上、通れないところもあるからだ。
旧街道は本来車用に作られた道ではない。しかしその多くの部分はそれを現代規格に拡張して自動車用にしてある。そんな新道を縫うように正に細々と旧街道はある。
現代道路から旧街道に入ると、とたんに車が居なくなりホッとさせられるが、逆に新道に出た途端、大騒音にうんざりさせられる。
宇津の木旧街道の旅そんなことの繰り返しだ。
旧東海道には、この道を示す標識がほとんどいってよいくらい無い。ガイドブックの地図が無ければとてもたどることは出来ない。特に大きな市街地は、だいたい城下町なので道が鍵の手に曲がり特に分かりにくい。
旧東海道は、当然それを中心に宿があったり、城下町を通っていたため、今は繁華街になっているところが多く、ますます旧道の面影はなくなっている。
市街地を出た旧道は、右に左に緩やかなカーブを描きながら続いてゆく。
この曲がり具合によって、旧道なのか、新しい道なのかだいたい区別をすることができるようになった。
旧道へ入るとやはり旧道としての雰囲気を持っていて、走っていると何となく心が引きつけられる。
しかし、現実に道路を走ってみると、特に整備の悪い歩道が目立つ。地域によって歩道の作り方が非常に違う。自転車のことは勿論、車椅子のことなど全く考えていない歩道が多い。これから増えるであろう電動四輪車なんとても通れそうもない。
それとは反対に、車椅子のことまで考えているな、と思われる歩道に巡り会うと、一瞬救われたような気持ちになる。
最近、日本橋の上の高速道路を取り外そうという話が出たいる。これを機に三条大橋まで旧東海道を整備したらどうだろうか。単に経済効果だけ考えても、非常に大きいのではないだろうか。ワイングラス
きちんと整備されて、東海道という標識を見ながら、その場所の歴史を振り返りながら京都まで、または日本橋まで旅することが出来ればどんなに楽し事ではなかろうか。
旅人は飛躍的に多くなるだろう。リタイヤした夫婦ばかりでなく、子供達も歴史を見ながら歩いたり自転車で旅が出来ればとても楽しいだろう。歴史の教科書をいやいや読んでいるより、よっぽど勉強になるのではないだろうか。
日本橋と三条大橋間500Kmを整備するとなると、かなりの公共投資が必要だろうが、こういう地域ごとの投資なら良いのではないだろうか。
歴史を意識することは人間としての厚みを増すように思う。これからは、目先の金のことばかりでなく、ゆっくりと自分の今ある歴史を振り返って見る余裕も必要なのではないだろうか。
おんふらんす
今回の旅で見つけたお店。
三島市のレストラン  おんふらんす  055-991-5670
ランチのフォアグラ入り「ステーキ丼」(950円)はお薦めである。

島田市の和菓子店   清水屋     0547-37-2542
酒饅頭である「小まん頭」と昆布入りの皮でこしあんをくるんだ「黒大奴」がうまい。


新年早々1月2日から5日まで久し振りにトレンクルで旧東海道を走った。
これまでは日本橋~小田原宿、掛川宿~岡崎宿の先まで、草津宿~三条大橋まで走ってあったが、今回は三島宿から掛川宿まで走った。
案内書によると106Kmのはずであったが、走ってみたらGPSの表示は136Kmに成っていた。
四日間とも快晴で風もなく、富士の景色をこんなに堪能したのも初めてであった。
昔の道と言っても当時のメイン道路であり、秀吉の軍を含め参勤交代の行列など大掛かりな移動が行われた道であったはずだが、由比宿先のサッタ峠、丸子宿先の宇津ノ谷峠、金谷宿の金谷坂、小夜の中山への坂、と旧道の厳しさを体験させられた。
これにまだ行っていないが、箱根峠、鈴鹿峠が加わり、おまけに大井川を含めて多くの渡河があったわけで、その厳しさはかなりのものだったと思う。
現代に比べると、正に想像を絶する体力と精神力だったろうことが感じられた。
(写真の下に文字を入れる方法が分からないので、上から順に比べてください)

15幹
三島神社で先ずは初詣
三島からの富士
夕焼けの富士
製紙工場
蒲原宿 佐藤家
駿河湾越しの富士
サッタ峠からの東名と一号線
丸子宿 麦とろの店 丁子屋
宇津ノ谷集落
宇津ノ谷峠を目指して
15富士1
島田市 大井川に掛かる世界最長の木造橋
島田宿 大井川川越集落
金谷坂石畳
牧ノ原茶畑
掛川宿手前お地蔵様

15富士2

15プラント

15黒家

15富士3

15高速

15丁子

15宇津

15宇津ノ谷

15蓬莱橋

15島田宿

15金谷坂

15茶畑

15地蔵



2009年1月1日、暦上では特別な日だが太陽系の動きから見れば、相変わらず自転しながらの公転による通過点に過ぎない。
勿論、宇宙空間に於いて1月1日が特別な場所でもない。
もし太陽系が移動していないとしても、365日で同じ場所に戻ってくるわけではない。
この様に宇宙空間的に見ると1月1日といっても何ら特別ではないのだが、私たち人間にとっては何となく特別な日、新しいスタートの日になっている。
11太陽
今日からまたあの春に向かうとなると何となくワクワクした明るい気分になる。冬至は過ぎているからこれからは陽が伸びるばっかりだ。益々明るい気分になる。
実は今年はもうクロッカスの芽が出ている。クロッカスの花が咲くと特に春の近さを感じる。
しかし、新しいスタートといっても過去が無くなるわけではない。
過去は、新しいスタートの気分であるにもかかわらず、何も変わることなく相変わらず付きまとってくる厄介者でもある。人によっては手放せない貴重な財産でもある。
この貴重な財産という奴が温暖化対策、つまりエネルギー転換政策の足を引っ張っているのだ。
人類は核エネルギーさえ電気に変える技術を実用化している(しかし、電気エネルギーに変えることによって排出された廃棄物、いわゆる核廃棄物の安全な処理方法は全く開発されていない。そのため完成された技術とは言えず、本当の意味では実用化されているとは言えない。全ての生物にとって超毒性の核廃棄物は本来地球上に存在させてはならない物なのだ。太陽からの有害な放射線や電磁波がカットされるシステムが地球に備わったために人類が発生出来たのだ。その人類が事もあろうに自分達の目先の欲望のために放射線を出すシステムを作り出している。至って理屈に合わない事に屁理屈をつけている)。
不完全な技術とはいえ、曲がりなりにも複雑で高級な技術を実用化しているのだから、そのことを考えると太陽エネルギー技術など、へのカッパであるはずだ。核技術に比べれば太陽エネルギー利用技術など赤子の手をひねるような技術である。つまりどうってことない技術でどうにでも成る事なのだ。単に「太陽エネルギーにかえよう!」と言えばいいだけなのだ。
11虹暮れの29日、NHKの番組で低炭素社会のことが放映された。
その中で環境エネルギー政策研究所所長、飯島哲也氏の話があった。
自然エネルギーだけで100%日本のエネルギーがまかなえるというということだった。それも2050年の予想電力量8400億Kwhが自然エネルギーだけで全てまかなえるというものだ。
ここで自然エネルギーと言っているのは太陽光エネルギー、風力エネルギー、バイオエネルギー、潮力エネルギー、波力エネルギー、地熱エネルギーである。この中で地熱エネルギー以外は全て太陽エネルギーということになる。
現在、直接的な太陽エネルギー利用は3%に過ぎない。水力発電は7%である。原子力が23%、石油、石炭、天然ガスの二酸化炭素排出エネルギーは67%である。そしてそれらを輸入するために何と20兆円も私たちは使っているのだ。
今の生活を維持するために20兆円をすでに使っていることを、この国の何人の人が意識して居るんだろうか。10年で何と200兆円である。太陽エネルギーは金がかかるから出来ない、なんて事があるんだろうか?と思ってしまう。
自然エネルギーに置き換えるとこれが浮くことになる。買わないで済むのだ。自然エネルギーに変えれば毎年20兆円を他のことに使うことが出来るのだ。
自然エネルギーシステム維持の為の経費以外は全て浮くことになる。同時に現在の集中エネルギーシステム維持よりも圧倒的に雇用が増えるだろ。それになんと言っても二酸化炭素を含めた排ガスが全く出ないことである。
勿論、核廃棄物も出ないし、将来の心配もない。原子力、石油、石炭、天然ガスを使っている事に比べれば心配はゼロと言うことになる。
11キラリ現在の既得権で暮らしている至って小数の人以外は、全ての人間にプラスになることだ。今までの変革の歴史を見ていると多大の犠牲を強いられているが、自然エネルギーへの変革では至って犠牲は少ないといえる。
自然エネルギーに変換して100%自前のエネルギーに変えたときの最大の利点は、なんと言ってもエネルギーの争奪戦争が無くなることだ。こんな大きな利点はない。
戦争は最大の悪である。しかし、人類愛をいくら説いたところで戦争に対しては全く無力であることは今までの歴史がしつこいほど証明している。オリンピックも無力であるし、いくら交流があったところで戦争を回避することは出来ない。
原因を解決していないからだ。戦争の原因の大きな一つはエネルギーだ。それと今後は食料や水になるだろう。しかし、そういう問題が解決すれば国境問題はなくなるだろう。
そうすれば戦争のない世界も夢ではないだろう。エネルギーが自前され、衣食足りれば、おのずと礼節を知り、宗教戦争もなくなるだろう。
これからの新しい文明を迎えるためには、自然エネルギー社会の構築が欠かせない、というより、それだけが新しい地球社会を末永く継続するための絶対条件だろう。

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