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2030年までに風力発電で電力の20%を賄うとアメリカ大統領が発言した。ちなみにアメリカにおける2007年風力発電の割合は0.8%である。
429赤い花
多分、ケネディー大統領が1960年代中に人類を月に送ると言ったことに匹敵するか、未来に対する夢の大きさとしては、それ以上のことではないだろうか。しかし、何ともワクワクさせられるビジョンを立ち上げるものである。
大統領は、今後10年間、クリーンエネルギー開発に年間150億ドル(約1兆4600億円)を投資し、石油依存型経済からの脱却と2050年までに温室効果ガス80%削減を目指す決意だそうだ。
それに比べこの国は選挙の票のために単に単発で2兆円をばらまいたが、新しい経済システムになるだろう環境対策において、アメリカに先を越されてしまってどうするんでしょうか。
環境対策は正にこれからの経済そのもだと思うんですが・・・429ハナミズキ
人間社会が問題にぶつかった時や、飛躍しなければならない時、最も必要なことは出来るか出来ないか議論をすることでなく、ビジョンを明確にすることである。ビジョンさえ明確になれば人間にはやり遂げることが出来ると思う。今まで、人類が「こうあったら良いな」という事は必ず実現してきた。とは言っても今まで政治的な関わりのあるものはほとんど実現していないが・・・・
化石燃料から熱エネルギーを取り出し、使い尽くす社会から、化石燃料を有限の希少資源として捉える社会への変革は正に政治判断だと思うが、これは是非とも成し遂げなければならない。その場合の熱及び電気エネルギー源は勿論太陽エネルギーしかない。
ちなみに、太陽から地球の降り注いでいるエネルギーは、毎秒広島型原子爆弾が250個分(山賀進さん「かけがえのない地球」http://www.s-yamaga.jp/nanimono/uchu/taiyo-04.htmより)だそうだ。1時間では900000発分ということになる。多分これで十分なのだろう。というより、これだけのエネルギーで人類がどう生きるかということである。
エネルギーというのは所詮有限であるし、それを利用する私達が住む空間も勿論有限である。エネルギーという視点から見れば、限りない経済発展など有るはずがないのだ。429欄
この国でも、これからのエネルギーをどうしようかと税金を使って検討して居るんだろうが、いまだに私達が未来に夢を持てるようなビジョンが見えてこない。
ちょっと次元は違うが、70年ばかり前に闇雲に時代錯誤巨大戦艦を3隻造るぞとぶち上げたビジョンの実績(このことそのものを学ぶ必要はない)があるのに、今はそれすらも出来ていないような気がする。何しろ私達に意気込みが伝わってこない。
しかし、どう考えてもエネルギーの大部分を輸入に頼っているこの国は、最も率先して太陽エネルギーの利用率を上げなければならないことは小学生でも分かる論理だろう。それなのに何で私達がワクワクするような、夢を持てるようなビジョンを明示出来ないんだろうか。
何でこうも違うんだろう。この国は長い歴史があるため、その間に動脈にコルステロールがびっしりと張り付き、頭の回転も相当鈍ってしまったのだろう。その上、現在この国では、政治的に動脈硬化で完全なる脳梗塞を起こしている様な気がしてならない。
オバマさん!100日間ぐらいで良いので、この国の総理大臣役で出向してもらえないでしょうか?
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(これからの良い家の建て方は休憩)
久し振りに東京に行った。地下鉄の売店で「草彅・・・・」の見出しを見た。
夜のニュースでどこのチャンネルでもトップに取り上げていた。
次の日の朝刊でも一面である。内容は既にご存知のように酒を飲んで素っ裸になって騒いだと言うことである。*新芽
単に草彅氏が酒を飲んで裸になり公園で騒いだ、に過ぎないのだが、マスコミの騒ぎすぎは全く理解できない。私の感覚が老化で狂ったのか、社会がおかしいのか・・・・
総務大臣までが大袈裟に発言(後になって発言を取り消すというお粗末さである。日本語の使い方も知らないらしい総務大臣とは・・・)しているこの世相は、この国は何なのだろうか。勿論私は草彅氏のファンでもなんでもない。
こんなにマスコミ全てが一体となって騒ぐなんて正に大政翼賛的ではないだろうか。騒ぐなら、むしろ大袈裟にマスコミが一体になって騒いでいることに騒ぐべきである。
同じ泥酔なら国際会議で泥水していた大臣の方にもっと騒ぐべきではないのか。草彅氏だと仕事がおろされ、国会議員が日本人の尊厳を傷つけても国会議員を継続していることに誰も異議を唱えないなておかしいと思う。それとも所詮あんな程度だとだと諦めて居るのか・・・・*ハナミズキ白
いずれにしてもマスコミの態度は異様としか言いようがない。あの謝罪記者会見の時の質問のくだらなさは相変わらずだが、何とも辟易する。所詮ただの人間が酒を少し飲み過ぎて騒いだに過ぎないのだ。すぐに芸能人だから、有名人で社会的な責任があるからと言うのだろうが、単にテレビに出る仕事をしているだけだろう。それに対してまるで神様じゃなければならないみたいな質問をする。よくまああんな質問をして自分が恥ずかしくないなと思う。それとも一般大衆はこんな程度の質問で喜ぶだろうとなめて居るんだろうか。
テレビ局ももう少し質問の妥当性を良識を持って選んで放映するべきである。
公共放送に聞いていて気分が悪くなる内容など流すべきではない。
もし、社会的な迷惑ならもっといくらでも有るだろう。もっとも、誰もが選んでいないのに、法的には問題ないということで大きな顔をして解散もせず、権力にしがみついている迷惑が、平気な顔をしてまかり通っている、この国だから仕方ないのかもしれない。
いずれにしても暇で能天気なこの国は平和国家と言うことだろうか。平和国家万歳!!!・・・・・・

先回、良い家を得るためには新築ばかりでなく、熱環境改善リフォームも必要だろうと言うことを書いた。山吹桜
家の形という視点から見ると、古い家は壊して新しいイメージの家に建て替えた方がよい事になりそうだが、ことエネルギーという視点から見ると必ずしも建て替えれば済むと割り切れる話ではない。確かに、全て無くしてゼロから設計し直した方が簡単かどうかは分からないが、やり安いことは事実だと思う。しかし、エネルギーに関する物事の全ては社会のトータルとして見るべきことであり、最小CO2排出量で済ますための社会を見据えた上で方向を考えるべきである。
新築だろうがリフォームだろうが、いずれにしてもこれからはエネルギーを自前することが最大のテーマに成ることは避けられないだろう。
その中でも先ずは熱エネルギーの自前を考えるべきである。
熱エネルギーは暖房用、給湯用、炊事用などがあるが、先ず暖房用のエネルギーを考えてみる。
暖房とは暖房機器によって必要なだけ熱を出させればそれで完結と思われている。
それは今でもほとんど変わっていない。その為いまだに暖房とは何かという本質が理解されず、CO2削減対策も理解されていないのである。桜川
暖房機器メーカーは何とか一台でも多く売らなければならないので仕方のないことであるが、「何畳用」などという表記を機器選択の基準にしてきた為に、熱のことが理解されない一因に成っている。
「何畳用」という基準は簡便であるためにいまだに採用されているが、これはまだ住宅に断熱材が使われていない時代の名残でもある。
例えば「8畳用」というように表記された暖房機器とは、8畳の広さの部屋(おおよそ、3.6m×3.6m×2.5mの体積)の室温を18~20℃の温度に保てる熱を出せる物ということである(それがどんな断熱特性の家でも)。
ここで8畳を18~20℃に保つために必要な熱量はどうやって決まるか考えてみたい。
ご存知のように、お茶碗に入れてある熱いお湯は、時間が経つと冷めてしまう。お風呂も放っておけば冷めて水風呂になってしまう。この様に、熱は放っておけばだんだん低くなってしまい、仕舞いには冷たくなってしまう。
この様に熱も水と同じように高い所から必ず低い所に流れて行くものである。そして水と同じように流れる所の条件により早かったり遅かったり、多かったり少なかったりする。
暖房の時の周りの温度とは冬の外気温度である。例えば0℃である。これよりも高い温度の物が0℃にさらされると、熱を供給していない限り時間の差は出るが、どんな物でも必ず0℃に成ってしまう。寒い冬の日に暖房器が故障した時、部屋がどんどん冷えて行くのはこの為である。
熱が壁や天井や床や窓ガラスやサッシなどあらゆる面を通して外に逃げていってしまうためである。花ニラ
暖房した部屋が寒くならないのは、この逃げた熱の分を暖房機器が放出する熱によって常に補っているからである。
暖房とは部屋から逃げた分の熱を補い、暖かいと感じる一定温度に保つことである。
つまり暖房機器とは「逃げて行く熱の分」だけ熱を出す機器ということになる。
この「逃げて行く熱の分」を少なくする為には家全体としての断熱性能を高めてやる必要がある。
これがよい住まいを作るための一つの条件であり、エネルギーを自前するためにやらなければならない最低限の一つある。
つまり、良い住まいを作るためには先ずエネルギーの流れを理解し、次に使用するエネルギーの低減を謀らねばならない
しかし、良い住まいを作るのに断熱さえしっかり入れれば無論それでよいわけではない。
結果的に多く入れた方が良い場合が多いが、思考のスタートは一年を通して使用するエネルギーの低減を考えることである。
四季の変化を利用する仕組みを考えることである。

自前するエネルギーの社会が間近に迫っている、と言うより、新築においてはもう率先して自前するエネルギーに切り替える設計をしてゆくべきだろう。0415チュウリップ
私達が今、生活の中で無意識に使っているエネルギーには(1)光を得るためのエネルギー、(2)熱を得るためのエネルギー、(3)物を動かすためのエネルギー、(4)移動するためのエネルギーがある。これは基本的には人類が始まってから同じである。
この全てではないが縄文人達も薪を燃やしたとき取り出せるエネルギーを使って灯りとして光のエネルギー、煮炊きと暖房と土器作りのために熱エネルギーを利用することにより、より便利な生活への工夫が行われた。 
縄文人よりも格段に生活を便利にした現代人は、その激増した便利分だけエネルギーの消費量も激増している。
朝、起きた時、タイマーで暖房が入っており、お湯で顔を洗い、トースターでパンを焼き、IHで牛乳を沸かし、目玉焼きを作る。食事をしながらテレビを見て、暖房便座に座って最後にお湯も出てくる。コーヒーミルのスイッチを入れる。その間洗濯機が動いている。そして車で出勤である。0415白桜
私達の普段の生活をちょっと振り返っただけでも、エネルギー無くして1秒たりとも生活が成り行かないことがよく分かる。
しかし、行動の全てがエネルギー漬けのため、エネルギーの介在を全く意識できないのだろう。
正に生きるとはエネルギーの消費に他ならないのだ。生きるために住まうわけだから、住まうということは、当然エネルギーの消費に他ならないと思う。
これらのエネルギーは全て化石エネルギー(原子力も含む)である。これらから熱エネルギーを取り出した後の廃棄物の大きな一つがCO2であり、健康と環境に大きく影響を及ぼし始めている。
言い換えると、現代の私達の生活はCO2と放射性廃棄物とその他有害な廃棄物を排出しながらのみ成り立っているのである。
それが当たり前の生活ということである。人類は進歩の名の下に、知らず知らずの内にこんな文明を築いてしまったのである。
この当たり前が、今まで全ての基準と常識を作り上げてきた。そして今も大部分の人は気が付いていない。特に建築業界では、それが多いような気がする。
CO2や有害廃棄物を少なくし、いずれゼロにするためには、先ずその消費量を下げることから始めなければならない。
無駄を見つけ出し、それを省くことである。
例え金があっても電気代やガス代をもったいながることである。
今までの生活レベルを単に下げるのではなく、維持することを考えながらエネルギー消費量を下げる工夫をすることである。0415黄色
更に言うなら、楽しみながら工夫してみることである。例えばもう言い古されているが、冷房節約のため南側開口部を中心に植物を植えて遮熱するのも楽しい。花を見て楽しむのも良いし、実を食べて楽しむのも良し、それでいて冷房機の頻度を減らすことができ、当然CO2も減らすことになる。
暖房熱の節約には、窓のカーテンのサイドと下端部をキッチリ押さえつけ、ガラスとの間に密閉された空気層をしっかり作ることである。それまで感じていたコールドドラフト(冷たいガラス面で冷やされた空気が床に降りて部屋を冷やすこと)をかなり緩和してくれるし、冷輻射(冷たいガラス面に体の熱が吸い取られること)もかなり改善できる。つまり同じ暖房をしていてもランニングコストが下げられ、尚かつ快適さを増すことが出来ることを実感してみることである。
良い住まいを作りたいならば、先ずは今住んでいる家でエネルギー低減する方法を試しながら学ぶべきである。
そうする内に、もしかすると今の家を熱環境改善リフォームをした方が面白いし、安く上がり大きなメリットが有ることが分かるかもしれない。
良い家の建て方について書いて居るんだが、これからのCO2を低減しなければならない社会では、それを全て新築でまかなうことは不可能だろう。どうしても現在ある住まいに対する改善が必要になって来ると思う。
良い地球環境を取り戻すためには、熱環境改善リフォームをすることも「良い家の建て方」の一つではないのだろうか。0415若葉
これからの良い家とは、生きるために最も大切なエネルギーについて、それも買ってくるエネルギーではなく、自前するエネルギーについてしっかり考えられた住まいのことだと思う。エネルギーの自前が考えられていない家は、どんなに見た目が良くても存在価値はなくなって行くだろう。
エネルギーの自前というのは、勿論、自宅の庭を掘って石油や石炭を掘り出すことではない。
太陽エネルギーを取り込み、ため込む為の構造を持っていることである。
それが良い家の最大の条件だと思う。
これからの時代、木造にしたから、漆喰を使ったから良い家が出来るわけではない。そんな安易なことで良い家には成らないと思う。

次に続く

今まで家について書いたのは、自分の実体験に基づいた実感である。教科書で学んだものではない。所詮、住まいは住んでみないと本当のことは分からないものだと思う。407雪
これからの家を考えるに当たり、今の時代(化石エネルギーから太陽エネルギーへの変換の時代)をどう捉えるか、これからの時代をどう予測するかが先ず基本であるだろう。それが読み取れないと、これからの時代の住まいをイメージすることは出来ないと思うし、イメージしてはいけないだと思う。
過去の実績だけで未来を語るのは不可能な時代である。それが産業革命だからなのだと思う。
過去から現代までの行動がCO2の増加、温暖化を生み出したのだとすると、それらの上にこれからの行動を上乗せするわけにはいかない。つまり、今までの確立されたイメージだけでこれからの住まいを作るわけにはいかないだろう。407しだれ
内燃エンジンを作ることが車企業の証しであったはずが、そのエンジンが無い車が出ようとしている。リチュームイオン電池を積んだ電気自動車である。勿論、内燃エンジンは積んでいない。しかし、車メーカーは相変わらず車メーカーで居なければならないとなると、大変革を社内で起こさないと立ち行かなくなるだろう。ガソリンタンクと内燃エンジンからバッテリーと電気モーターへの転換は、転換というより異業種への進出と言ってよい。バッテリーに太陽電池からチャージし、その電気で走るとなると完全に化石燃料依存からの脱却である。正に化石燃料から、太陽エネルギーへの移行である。そんなシステムが手に入る時代である。
2009年はそういう時代の元年に成りそうである。
そういう時代背景は住まいにとっても全く同じであろう。「相も変わらず」は許されない時代である。

エネルギーが無ければ現代人は言うに及ばず、江戸時代だろうが縄文時代であろうが、人間としての生活は出来ない。何故ならエネルギーを意図的に利用して生活が出来るのが人間だからである。焚き火一つ操れないから、猿はいまだに猿に甘んじている。
人間が人間で居られるのはエネルギーを使えるからである。人間以外にエネルギーを扱える動物は居ない。つまり人間が生きて生活を営むために先ず第一に必要な物はエネルギーと言える。にもかかわらずエネルギーを意識しないで生活していられるのが今の時代である。407桜草
そして現在に至ってもエネルギーは単に金で買えばよい物としか捕らえられていない。その為、新築を考えるに当たって、そのイメージを考える時、エネルギーは結果として必要なだけ買えばよい物へと成り下がったままである。エネルギーを意識せず使える現代経済社会は、住まいのイメージを主観だけで自由に作れるということを常識にしてしまった。

いま、エネルギーは自由に買えばよい時代から、自由に買えばよいと考えることが許されない時代に入ったのだと思う。理由は今更言うまでもない。
車でさえ、自前のエネルギーで動かそうという時代であり、そういう社会に成りつつある。
社会の中で大きなエネルギーを消費している住まいも例外ではあるまい。
これから新築を考える時、エネルギーの自前することを先ずは全てに優先されなければならないだろう。407桂
我々に与えられている物は、太陽と大地と水と空気である。それらを原点にして、化石エネルギーにより作り上げた現代技術を利用して、エネルギーを自前するシステムを構築すべきだろう。
エネルギー無くして我々の生活は成り立たない。それでいてCO2は出すな、となれば出さない方法でエネルギーを取得するしかない。
答えは至って単純である。
これから新築を考える時、早晩化石エネルギーは使えなくなるだろう事を前提に、設計すべきである。
要するにエネルギー供給会社に金を払わないで済む住まいということである。
全てのエネルギーを自前する為には、一軒一軒でものを考えていたのでは成り立たないのかもしれない。エネルギー自前を前提にした新しい集落機構が必要なのかもしれない。今はそこまで考えられないにしても、そういう社会が動き始めた時、速やかに対応できる住まいの仕様は考えておくべきだろう。



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