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ムフジュ記念
5月4日はいよいよアップダウンのハイライトコースである。
出発前にお隣の伊根工房にお邪魔し、倉さんの作品を見せていただいた。特に今にも動き出しそうな焼き物の人形達が気に入った。その中で「セーフ!」と名付けられた一体を購入した。それに桜の花絵の小皿もいただいた。
伊根工房
その後、海の見える舟屋の部屋でコーヒーをいただき、そうこうしている内に10時になってしまい、慌てて出発することになった。
今日のコースは山の中を通る178号線ではなく、起伏の大きい海岸寄りの道を選んだ。
二人とも体力の衰えもあり、少々迷ったが折角来た丹後半島なので出来る限り海岸線沿いに走ることにした。
伊根の集落を出た途端に登りになった。登り初めて直ぐに海岸沿いに行くため右折する。
これで厳しいコースを最終的に選んだことになった。あとはひたすら、一歩一歩、休み休み、焦らず行くしかない。
伊根遠景

棚田

後ろ姿

テトラ

椅子

夕景


右側に伊根湾が見下ろせ、一晩過ごした舟屋の家並みが静かにたたずんでいた。
舟屋の景色も今回はここで見納めである。舟屋に感謝しながら別れを告げた。
道は更に上り、海抜は130mぐらいになる。当然、大部分は自転車に乗らず押すことになった。
こういう起伏が大きく繰り返す所を通過するときの時間は、半分は押して、残り半分は自転車に乗って下ることを想定して予測する。
例えば起伏区間が20Kmだとすると、10Kmは時速3Kmで押して、残り10Kmは時速30Kmで下る、として計算する。押して歩くのが3時間20分、乗って下るのが20分、合計で大まかに約4時間と見るようにしている。あと残りのコースが自転車に乗って走れる程度の距離であれば、時速10Kmで計算してその日の合計時間を出すようにしている。
最近は年のせいで1日の走行距離を30Kmぐらいにして計画を立てるようにしている。
1日30Kmというのはかなり余裕の持てる距離であり、実際は余り時間のことを意識しないで楽しむことが出来る。
これが50Km以上であると距離を稼ぐことに精力を取られ、のんびりとした楽しい旅にはならない。
折角130mも上ったのに、今度は新井漁港に向かって一目散に下り始める。
どんなことでも上りがあれば、下りがあることは人の世の常なのだが、やっぱりもったいないと思ってしまう。
折角手に入れた既得権益や、楽の象徴である車を手放したくないのと同じ心境なのだろう。登山もそうだが、自転車の旅も人生の縮図ぽい。
新井漁港からまた海抜100m近くまで上り、今度は泊漁港に向けて海抜0mまで下る。そこからまた100m近く上り、津母トンネルを通過、そこから更に50mぐらい上がり野室を通り、本庄浜まで下る。そこを左折してから海を背にして少し走って国道178号線と合流し、また170mばかり上り、こんどは蒲入漁港に向かって急降下する。更に海抜150mの経ヶ岬隧道を抜けて丹後町袖志まで下る。あとは大した上り下りもなく、今日の宿である「カサデファンタひさみ」に無事到着した。
今回の旅の上った高さの合計は、GPSを見ると1000mぐらいになっていた。
1000m上がり、1000m下ったことになる。こう書くと大変な感じだが、実際は前記したように上がったり下ったりの繰り返しなので、私達でも何とか走ることが出来る。
「カサデファンタひさみ」は国道から海側に少し下がったところにある。Uターンするようにして坂道を下り玄関に入った。まず最初に一番風呂をいただいた。ガラス窓を通して日本海を見ながら疲れが抜けてゆくのを感じた。各部屋の海側には部屋ごとに区切られた大きなサンデッキがあり、そこからの景色は絶品である。是非一度訪れてみることをお薦めしたい。http://www.hisami-kasade.com/kasadefanta/
TEL 0772-76-9200

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5月3日は少し早く起き、「一組の宿そうか」さん所有の裏山の展望台まで登った。
天橋立が目の前に広がる。今日はあの松林の中を走って伊根までだ。期待が膨らむ。
朝食では美味しい自家製のパンをいただき出発した。
天橋立2快晴。先ずは南風に向かって宮津湾東岸を南下、天橋立に向かう。国道178号線と合流し、宮津市街へ入る。
日本三景の一つ、超観光地の天橋立は連休でもあるし、さすがに大渋滞、大混雑であった。
そんな喧噪を横目で見ながら、おみやげ(丹波の黒豆と黒豆羊羹)を買って早々に通過、回転橋を渡り、本命の松並木走る。
当然のことなのだが、走ってみれば単なる松林でしかなく、頭の中で今天橋立を走って居るんだと言い聞かせながら走る。
やはり天橋立は全貌が見える山の上から見るのが一番だろう。しめ縄
天橋立を渡り切った所に元伊勢神宮である籠神社がある。伊勢神宮の神々はこの地から移られたらしい。何とも歴史は奥深い。
旅と残り少ない人生の安全を祈願し、一路伊根を目指す。
のどが渇き始めた頃、日置で百鳥イチゴ農園の看板を見つける。即右折し直行。甘いイチゴをほおばる。マチ
犀川を渡り大島を過ぎ、小さな岬を回ると青島が目の前に見える。いよいよ伊根が間近である。先ずは日出から伊根湾巡りの遊覧船に乗り、舟屋を外から眺めた。
船屋の家並み湾に面してほとんど隙間が無いほどに並んでいて美しい。
映像でしか見たことのない風景が目の前をゆっくりと流れて行く様は、何とも不思議な気分でもあった。舟屋
伊根湾の波打ち際にこういう家が生まれたのは、地理的な条件によるのだろう。
北に開いた若狭湾の中に、それとは逆向きに伊根湾があり北からの波が全く押し寄せな位置になっている。それに湾の東側の岬の先端は少し西側に出っ張り、その上、湾の入り口には青島がある。灯台
それらの地形が更に波を入りにくくしているように見える。
そんな条件に恵まれたため波打ち際に家が建てられ、今のような景観になったのだろう。
遊覧船を下り、聞き慣れない名前の「ムフジュ舞台」という今日の宿に向かう。路地
湾にそった細い道が続き、その海側は舟屋、道を挟んで山側は母屋だそうだ。
近年は舟屋の方を改築して民宿にしたり、二階も住めるようにしてあるらしい。
道が狭いので観光バスが入れそうもなく、それでざわついた感じがせず、落ち着いた雰囲気があるのかもしれない。
一日二組の宿「ムフジュ舞台」は湾をぐるっと回って、突端までは行かないのだが亀山地区にある。
建物は130年ぐらい経っているそうだが、舟を入れる一階部分を厚い無垢板のテーブルを置いた食堂に改造してある。ムジュフ二階の宿泊部分は階段を挟んで山側と海側に一組ずつ泊まれるようになっている。
海側の部屋は二間あり、一組とは言っても10人ぐらいは泊まれそうだ。
夕暮れの伊根の海を見ながらの夕食は気持ちを十分満足させてくれた。室内から
ここも、もう一度泊まりたい宿である。
夕食後は神戸から来られたH夫妻、オーナーの渡辺夫妻、隣で伊根工房を主催されている作家の倉攸佳衣さんも加わり、12時近くまで話が弾んだ。
一期一会であるかもしれない人達との語らいは旅の醍醐味である。
二日目の走行距離 29.4Km







舟屋の宿 ムフジュ舞台 http://www13.ocn.ne.jp/~mufujyu/


現在、断熱ロールカーテンの商品化のため、部品メーカーとの打ち合わせなど時間が無くブログを落ち着いて書く時間がない。
五月の連休に舞鶴から丹後半島を回り網野まで走った。
「男はつらいよ」と「釣りバカ日誌」などで前々から気になっていた船屋の集落である伊根に一度行ってみたかった。
今回の旅は特に良い人と良い宿に恵まれた。
年を重ねると益々自転車の旅が珍しがられるのを感じるが、それにしても今回も自転車の旅人には余り会わなかった。
5月2日の京都発舞鶴行きの特急が8時過ぎだったので前の晩に京都の駅前に泊まった。
夕食は「旬彩ダイニング 出町 葵匠」で私の65才の誕生日を祝った。田辺宗

2日、西舞鶴に降り、宅急便の舞鶴岡田センターで自転車を受け取り、宅急便例のごとく入れてきた箱は最終地の網野宅急便センターに送りスタートした。
舞鶴港を右に見ながら西進、念仏峠を越えて八雲橋を渡り、由良川の西岸を若狭湾に面した由良浜に向かう。由良のハクレイ酒造に寄り酒粕アイスを食べた。アイス酒粕の味が強く旨い。鳥居

奈具海岸を西進、栗田湾を右手に見ながら栗田半島を一周。先端近くの島陰から田井までは結構な登りで汗だくになった。しかし、その途中で木々の間から見え隠れする幾つかの小さな砂浜は美しく、プライベートビーチのようでホッとさせられた。
後は宮津湾と天橋立を右手に見て南下、今日の宿「自然派レストラン&一日ひと組の宿 そうか」を目指した。
超ご推薦の宿である。そうか4人
野村哲矢・レイコご夫妻が迎えてくれる。自分たちが一組だけという気安さと、何と言っても料理が旨かった。
死ぬまでに是非一度訪ねられることをお薦めする。
ここで私達一組だけが独占するという贅沢味わえ、宮津湾の夕暮れの景色を見ながら38回目の結婚記念日に乾杯出来たことにとても満足させられた。
詳しくは是非ホームページを・・・・
自然派レストラン&一日ひと組の宿 そうか TEL・FAX 0772-22-1786 http://souca-souca.com/
初日の走行距離34.9Km

そうかテラス
そうか食道
そうか二人






暖房とは何かということを話したついでに、床暖房による暖房の家の設計方法について改めてその原理を書いてみたい。
現在の床暖房を組み込んだ家の設計の順序はほとんど間違っていると言えよう。雛菊512
これは床暖房とそれ以外の暖房機器との違いが理解されていないからである。
床「暖房」という名前で呼ばれているため他の暖房機器と同じだと思われているのである。その違いを積極的に理解しようという情熱を持っている建築関係の人はほとんどいないのが現状である。
それと相変わらず、エネルギーは金で買えば済む物と捉えられているからであろう。その為、これも相変わらず、設計の最後に暖房機器を検討するというエネルギーの視点を無視した設計順序が取られているからである。
床暖房以外の暖房機器の代表は勿論エアコンである。暖房機能だけでなく冷房も出来るからだ。その他にはガスや灯油や電気、薪ストーブ類などがある。これらの暖房機器と床暖房は暖房をする目的という意味に於いては同じであるが、その特性は大いに違うということを大部分の人はほとんど考えようとしないし、知ろうともしない。
サツキ512暖房器というのは人間に温かさを与える物である。その与え方に床暖房とその他の暖房機器とには大きな違いがある。
それは床暖房だけが機器と体が接触していることである。勿論、暖かくするのはそれだけではなく輻射と対流の機能も働いている。
この様に床暖房は体が接触しているため、温度をむやみに上げることは出来ない。それでなくても、アクアレイアー以外の床暖房は「こもり熱」を分散させる機能を持っていないので、更に温度を上げることは出来ない。
床暖房はこの様に室温が低いからと言って勝手に温度を上げるわけにはいかない暖房システムなのだ。

暖房とは家から逃げて行く熱を補給することである。その熱が足らない場合は熱を多く出すしかない。
しかし、温度を余り上げられない床暖房の場合はそれに対応することができない。基本的に床暖房とはそういう物である。それではどうするか。
床暖房は入れる面積が決まるとそこから発熱する熱量はほぼ決まってしまうことになるのだから、解決策はその面積で出せる熱で快適な室内になるようにするしかない。
今までのような設計の順序で床暖房がうまくいっている場合ほとんど偶然に過ぎない。何故なら、床暖房の最大発熱量を知って断熱仕様を決めている事例がほとんど無いからである。
床暖房という暖房機器から放出される熱量は「面積」により決まるのであり、他の暖房機器のように発熱部の「温度」によって決まるものではない。こんな違いが余り理解されていない。
紫花512
床暖房を暖房設備として採用する場合は、先ずその採用する面積を決める。するとそこから出せる熱量が決まる。次にその熱量で快適になるように総合断熱仕様を決めるという順序である。この時、熱のシミュレーションが必要であるが、現在までやられている設計の最後にしている暖房機器の容量を決める負荷計算とはその思想が全く違う。

これからの良い家は漠然としたムードだけで決まる物ではないと思う。勿論ムードが無くても良いということではない。むしろ、エネルギーの自前をするために徹底的に熱的シミュレーションをして、形を決めて行けば行くほど積極的なムード作りは欠かせないことになる。
始めから終わりまでムードだけの捉え方ではこれからの良い家は建たないだろうし、建ててはいけないと思う。
何度も言っているように、生きるために、社会生活を営むために人間が先ず第一に必要な物はエネルギーである。
エネルギーがなければどんなにかっこよい家でも今時誰も住まない。
今求められている最大の省エネの理想は、生活の全てが地産地消である。エネルギーも地産地消、エネルギーの自前である。つまり太陽エネルギーの積極的な取り込みである。
これからの家を考える時、エネルギーの自前という視点無くしてどんな形も成り立たない。 



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izena社長 前田誠一

Author:izena社長 前田誠一
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