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先日、仕事で広島に行った。
ついでに前々から気になっていた大和ミュージアムを見学した。
近くまで行くと、先ずは実物の潜水艦「あきしお」が出迎えてくれた。927あさかぜ
でかい!何とも言えない凄さと異様さを感じた。
長さが76m、直径が10mばかりある鉄の塊だ。

大和の展示室に入ると1/10の超精密な大和が置かれていた。927大和
もう少し感動するかと思ったが、それほどでもなかった。
ここに入る前に見た本物の潜水艦が余りにも強烈に感じたからだろうか。
また、「戦艦大和」のイメージが子供の頃から大きかったのだろうか。
そうはいっても26mの大和は壮観である。しかし1/10の巨大さでも模型から本物の巨大さは想像しにくい。
この大きさは模型としては十分大きいのだが実物を想像するには中途半端な大きさなのかもしれな。
それよりも大和ミュージアムの中で最も気になったのは、綺麗に作られた模型よりも特攻用の一人乗り潜行艇「回天」と二人乗りの「海龍」の実物だった。927海龍
表に展示してあった「あきしお」に比べると余りにも小さく、華奢で弱々しく見えた。
しかし、かつてこれにも人間を乗せ、操縦させ敵艦に体当たりさせた物なのだ。
いわゆる人間魚雷である。
こんな物に人を乗せたことなど、今となると考えられない。
真珠湾攻撃に使われた特殊潜航艇は「甲標的」と言い、「回天」「海龍」とは違う。
「回天」と「海龍」を見ていると色々なことを考えさせられた。
今回の戦争を遂行するための兵器と、それを節操もなく使い続けようとした結果、被爆地広島を生み出してしまった。927零戦
それらの兵器達が被爆地広島に置いてあるのに場違いさを感じ、何ともやりきれない気がした。
稚拙な判断基準と明確な戦争目的も立てずに戦争に突入し、多くの同胞を無駄死にさせ、揚げ句の果てに、終戦にさせる判断も決断も出来ず、ずるずると時間を浪費した結果、広島に原爆を落とせる時間をアメリカに与えてしまった。
そんな悪あがきで時間を稼ぐための兵器が広島に置いてあることが何とも理解しにくかった。
まあ、しかし良くもまあ大和のような兵器を作ったと素直に思う。
カメラメーカーに一時いた自分にとって、あんな馬鹿でかい鉄の塊をどう加工するのか今でも想像すら出来ない。
江戸時代を終えてから70年余りでこんな物まで作れるようになるとは、人間の力に恐怖さえ感じる。927田んぼ

しかしこの力を持ってすれば、どんなことも恐れることは無いのではなかろうか。
二酸化炭素25%削減も本気で取り組みさえすればどってことないのだろう。
現状を維持したいだけの人間は、出来ないという理由を考え出そうとする。
それは単に今を変えたくない者の言いぐさであり無視すればよいと思う。
二酸化炭素の問題は未来に関わることである。
今だけのことを言っていても何も解決はしない。





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民主党政権がいよいよスタートした。期待は大きい。
国民が初めて自分たちが政治を選んだと実感できるからだ。
918黄色花日本人は敗戦後65年を経ってやっと本当の民主主義の入り口に立てたのではなかろうか。
いつでも、何でもそうだが、新しい事をしようとすると、ほとんどの人間は足を引っ張る側に回る。
人間は、それまでの本当の現状を見つめず、何も考えていなければいないほど、自分の置かれている今の状況が変化させられることに恐れ、反対するの側になろうとする。
哀れなことである。
918山椒今回の政権交代に際しても、自民党は盛んに「経験がないからダメだ、今までの継続が良いんだ」とだけ言い続けてきた。
頭が悪いとしか言いようがない。100年前と今は明らかに違う。誰かがその時々の新しい試みを積み重ねた結果、今があるわけである。しかし、新しさに変わる変化について行けないと、大人げもなく、駄々を捏ねるように反対するだけになる。
寂しいことである。
厚生労働省へ長妻氏が登庁した時、自民党であればやったはずなのに、誰も拍手をしなかった。そればかりか、桝添氏が退庁するときには割れんばかりの拍手が起こった。
いかにも大人げない態度である。ガキみたいな態度である。これが税金を給料にしている人達のレベルなのかと思うと何ともやりきれない。
又、一部の幹部は「社会保険だけが仕事じゃない」というようなことを言ったそうだ、開いた口が塞がらない。これもまるでガキの喧嘩である。
税金を払い、この国の政治を選挙によって任せた私達への挑戦的発言である。そんなことを言う権利が何所にあるのか。
今回の選挙は、明治以来、国民のことより、自己組織の利益を最優先にしか考えない組織を、本来の正常なシステムに戻すことを選択した選挙だった。
918ニガウリ税金で生活している人達の中に、税金として徴収したお金の価値を分かる人間など居ない。これは人間である以上仕方がないことである。筆記試験の成績がいくら良くても、単に徴収して集めたお金の価値を理解することは出来ない。
いくら「大切な国民からの税金」と言っても理解できないのであるから、口先だけで言うのではなく、無駄に使われないシステムを徹底的に作るべきである。それしか解決の道はない。税金で生活している人達の良心に頼るなど正にアホのすることである。
民主党は、民意が国の運営をするという至って当たり前のシステムに変えるため、多くの変革を提案している。それらはこの国にとって変革と言うより革命的であると言える。
中でも二酸化炭素排出削減対策に大いに期待したい。
環境対策として二酸化炭素の25%削減を打ち出した。
2020年に1990年比で二酸化炭素排出量を25%削減するというものである。勿論排出量の数字は今までより良いということであり、25%すれば良いと言うことではない。
削減率は多ければ多いほど良い。(壁が高ければ高いほど大変であることは言うまでもないが、それを乗り越えた暁には、高いレベルの技術と高い賞賛を世界から得ることが出来るだろう)
これに対してまた自民党の何とかという人が25%の数字を批判してた。今になってもまだそんなことを言っている頭の中を見たいものだ。と言うかその現実に対する認識力の欠如、想像力の欠損した脳味噌には何とも言いようがない。いまだにそんなことを言っているようだから社会の未来が想像できず、動きについて行けずボロ負けするのだ。私は一度もこの党に投票したことはないが、良くもまあこういう党が今まで生き延びていたと思う。勿論、それはこの国の民意のレベルであったのだが。
918白花現在というのは二酸化炭素の発生と吸収のバランスが崩れ、二酸化炭素が急速に、加速度的に増加している状況である。
常識的に見ると二酸化炭素の発生はもう爆発していると言える。
つまり、この地球上に二酸化炭素を出す余裕は既に無いのである。何パーセントなどと悠長なことなど全く言っていられないのである。
何でそのことが分からないのだろうか。特に近年の増加量のグラフを見ればそんな状況ぐらい誰でも分かると思うのだが、グラフが読めなければしょうがないが・・・・
今の時代はもう既に手遅れに成りつつあるのだと思う。目先の経済のことだけ言っている場合ではないと思う。今こそ未来を見つめ、未来をどうするかのビジョンを作り、そこに向かって現在に何をするか、各人が自分のテリトリーにおいて行動すべき事を見つけ、実践して行かなければならない。
918壁黄色目指すはゼロしかないと思うし、思い切ってそういう目標にしてしまえば、一時の停滞はあるかもしれないが、新しい文明に向かって進化して行くだろう。
新しい産業が育ち、新しい市場が出来、新しい文明が出現するだろう。
何故なら、人類は今まで常にそうしてきたからだ。
それにしてもこのまま行くと自民党はメルトダウンするのではないだろうか。
どう見ても国を動かせるほど人材は居なそうだし、各人の能力は低そうだし、消滅するしかないような気がするのは私だけだろうか。
拮抗、緊張しあった競争勢力が存在してこそ健全な政治が成り立つのだと思う。その為にも、消えてしまわないうちに次は自民党に投票しなければ成らないのかもしれない?????
いや、一度消えてしまった方がよいのかもしれない・・・・

23日快晴、出発前にホテルで二日前に熊が出たので注意するようにと脅かされた。
今回のコースは車がとても少なかった上に、道路で会ったのは一人旅のサイクリスト三人と母娘の親子連れ一組だけだった。幸いか残念か分からないが熊には会わないで済んだ。
別荘霧多布までの道は、最初にだらだらと登っただけで、後はそう起伏は感じられず快適に走ることが出来た。
熊に対しては何となく不安なため、琵琶瀬展望台まで自転車のベルを二人で鳴らしながら走った。
お陰で親指の表面が擦れて痛くなったしまった。
これも初めての経験である。
原生林の間を走り、牧草地や海や湿原を見ながら走るのは何とも北海道らしかった。
道車がほとんど来ないため、静寂であるのと同時に至って安全だった。
その為、上り坂では右に行ったり、左に行ったりとジグザグにのんびり楽に走ることも出来た。車が頻繁に通ったらこんな事は危険で不可能である。
聞こえるのは木々の間を通り過ぎる風の音、波の音に混じった海猫の鳴き声だけだった。
湿原と太平洋が見える琵琶瀬の展望台は、時間が過ぎるのを忘れさせてくれるぐらいとてもすばらしかった。疲れがスッと抜けた。
馬二頭人間が音を出さなければ出さないだけ自然を深く意識できることを感じた。
しかし、これほど車が少ない道路は自転車の旅人にとっては打って付けであるが、経済効果というところから見ると、税金を掛けた割には余り必要ではない道路のように思えた。
こんなに車が走らず快適なコースであれば、むしろサイクリストを積極的に呼ぶような政策があっても良いんじゃないだろうか。
みんな
今回も良い宿に巡り会った。二日目に泊まった「霧多布里」という宿だ。http://www.h4.dion.ne.jp/~tappuri/
武士(たけし)御夫妻とお母様とで運営されている。トイレの排水を完全循環するなど、まさにロハスな生活をされている楽しいご家族だ。
食べきれないほどの海の幸に大満足し、その後、夜の11時まで話し込み、とても楽しい時間を過ごすことができた。
多くの宿に泊まっているが、朝食をご家族と一緒にいただくという初めての経験もさせていただいた。
忘れられない宿になるだろう。
是非一度訪ねられることをお薦めしたい。
今日の走行距離は約40 Kmであった。
干し草24日快晴。
花咲線、初田牛駅までは昨日よりもアップダウンが多かった。
しかし、車のいない静寂は変わらず、道幅を一杯に取ってジグザグで登り、次は下りのスピードを快適に楽しんだ。
下りは必ず小さな湾に向かっていた。下り切ると川があり鮭の遡上を見ることも出来た。
鹿や馬や牛に出会いながら走った。
初田牛駅から落石までは花咲線に沿った道でほとんど平坦だった。
約48Kmぐらい走り、今日の宿「民宿しおかぜ」に入った。
アップダウンのコースに少し疲れたが、宿からの景色にホッとさせられた。
http://www17.ocn.ne.jp/~shio1/shiokaze1.htm
25日快晴
今日は最終日、16:40の釧路発に乗らなければならないので、根室を12:24に間に合わす必要になる。その為には自転車を11時までに宅急便にあずけなければならない。
最終日はいつでもこの様にかなり時間的に制約を受けてしまう。
走っていてもいつも時間を気にしながらということになり、本来の旅のムードでは無くなってしまうことが多い。
根室終点自転車を宅急便センターにあずけ、そこからタクシーで根室駅に、そこで時間を使おうと思ったのだが、駅前の様子を見て一本早い列車に乗ってしまった。
帰りは予定通り羽田空港に着いた。
そこから柏行きのバスに乗り、無事に我孫子に到着した。
GPSの走行距離は合計で108Kmを示していた。





さあ、それからが大変である。自転車をホテルに送ってあるため、今日中にホテルに着き、明日の朝から走れる用意をしなければならない。
一軒当然、二日目と三日目も予約してある宿の予定も狂ってしまい、今回の旅の全てがおじゃんになってしまうことになる。
乗り遅れたしまったことはしょうがない、それ以後の予定を如何に実行するか、とっさの判断をしなければならなかった。
ANAの釧路便が最終であったため、JALで行くしかない。夜行列車という手はない。
うまい具合に17:50の釧路最終便に空席があった。
第2ターミナルから第1ターミナルへ急きょ移動、チケットを何とかゲットし、夕食を取ってから手荷物検査へ入ったのだが、その日はミスが重なる日になった。
むろん旅に出る時には虫や毒蛇対策としてポイズンリムーバーを始め薬類を持って行っている。
昆布
最近は飛行機を利用することがなかったので、薬類の袋の中にハサミとナイフ付きの爪切りとアーミーナイフ、それにチタンの小さなシャベルを入れたままにしておいた。
当然だがそれが引っかかった。ザックに入れて預けてしまえば良かったのだが、うかつであった。
ここで又かなり時間がとられイライラさせられた。
まあ、しかし、ともかく乗り込むことが出来た。
乗り込めただけでも御の字である。
ミスが重なったが一つ良いことを知ることが出来た。
65才以上は航空運賃がどこでも一万円ということである。

三日月飛行機の窓から、茜色の夕焼けに浮かぶ薄く壊れそうな三日月(写真参照)を見ながら釧路空港に19:20ぐらいに到着、釧路駅には20時過ぎに到着した。
そこから厚岸まで花咲線で行かねばならないが、21:48しかない。
厚岸22:37着、それからトレンクルを箱から取り出し明日の準備をしなければならない。
駅で時間をつぶしている訳にはいかない。
駅前のタクシーと交渉、一万少しを八千円にまけてもらつた。
無事にとは言えないが、何とか22日中にスタート地点の五味ホテルに到着することが出来た。(牡蠣づくしディナーは残念ながらキャンセルに成ってしまった) 
トレンクルを組み立ててから、近くのコンビニで翌日の昼食分を仕入れた。



8月22日から25日までの4日間遅い夏休みを取った。
計画は2ヶ月以上前に作り、その時点で宿の予約も取った。
久し振りの夏の北海道である。
コース地図正
自転車の旅はお任せのツアー旅行と違い、事前に調べることが色々ある。
その前に先ずコースを決めなければならない。
今回は、30年前に霧で何にも見えなかった霧多布方面に行くことにした。
釧路から厚岸、霧多布を通り根室まで海岸沿いの道は150~60Kmぐらいあり、それも1/25000の地図で見ると結構アップダウンのあるコースである。
1日40Kmぐらい走る(今の体力だと精々こんなもの)とすると丸4日かかり、往復する時間を入れると5~6日が必要になる。
その為、厚岸から走ることにした。ほぼ100Kmである。
海と陸しかし今回のコースの問題点は厚岸の次は霧多布まで宿が無く、次は根室の手前の落石へ行くまで宿が無いことである。その間は民宿をやっている集落すら無い。
つまり、一日目に北海道に着き、走り始めると必ず霧多布までアップダウンのコースを40Kmばかり走らなければ成らないことになってしまう。
それはちょっと無理だし、第一あわただしく走ったところで疲れるだけで楽しくも何ともない。そのため、第一日目は走らず厚岸に泊まり、二日目は霧多布まで、三日目は落石まで、4日目は根室まで走る、という日程しか選択肢はなかった。
予約のため厚岸駅前のホテル五味に電話したところ、自転車はホテルで預かってもらえることになった。今までは一日目に走らず泊まるだけという事はなかったので、必ず到着駅の近くの宅急便センター止めにしておいた。
実はこの初めてのことが、非常に助かることになった。
飛行機の予約は一ヶ月以上前にインターネット上で済ませておいた。
そして、その予約完了ページをプリントアウトし、飛行機関係の資料を何枚かまとめてホチキスで留めておいた。その時最初のミスをしてしまった。
白樺
当然、「行き」用の資料が先で、「帰り」はその下になるはずであったが、帰り用の資料の一枚が一番上になってしまった。
出発の前日、出発時間の確認をした時、まさか間違えているとは思っていなかったので、
「東京→釧路」と「釧路→東京」の確認をせず、時間だけの確認で終わらせてしまったのだ。
本来、行きの時刻は14:25だったのが帰りの時刻である16:40と思いこんでしまったのだ。これが二番目のミスである。
それでも普通は16:40では少し遅すぎるのではないかと気が付くのだろうが、年の勢だろう、すっかり予約した時間を忘れてしまったのだ。
昆布取り
今までこんなミスを犯したことがないという過信が再確認をも妨げてしまった。
これが三つ目のミスである。
四つ目は妻に確認してもらうという二重チェックをするという方法を取っていなかったことである。
単なる資料の重ね合わせのミスだったのが、それを気づかせるやり方を取っておらず、おまけに過信が根底にあったことによって完全な失敗になってしまったのだ。
明確なチェックシステムを取っていたなら、当日羽田空港に行く前に見つけられたはずである。その為、羽田空港に行ってから気が付くという最悪の結果になってしまった。


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Author:izena社長 前田誠一
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