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最近とみにプリウスを見る数が多くなり、社会のエコ化傾向に拍車が掛かって来た感がある。
今回、自宅で簡単なエコを試みた。
プチ4
エアキャップ(通称プチプチ)を窓ガラスに張ってみたのだ。
勿論特別なことではなく、今更のことであるが、なかなか良い感じだったので報告する。
この試みは以前から至って当たり前のことであるのだが、お恥ずかしながら初めてやってみた。
今の住まいは、建ててから6月で22年になる。当時はそれなりに考えたつもりであったが、今にして思えば断熱に対しては何とも甘い仕様であった。
居間の大きなガラスは3・6・3のペアガラスなのだが、台所の部分にはサッシ寸法2m×70cmと90cm×70cmぐらいのガラス窓がある。
ここはどういう訳かシングルガラスなのである(多分予算のため。今に思うと何とも情けない)。
もう一つ、二畳の浴室にも160cm×80cmのシングルガラスの窓がある。
今回これらのガラス部分にエアキャップを貼ってみた。
結果は大正解であった。
冬枯れ2
台所は朝起きて来て今までと違って明らかに寒くないのである。冷輻射も感じないし、コールドドラフトも感じないからである。
浴室の効果も絶大であった。浴槽は外壁側に沿って置いてあり、その上に窓が付いている。
この窓からもコールドドラフトが浴槽の上に降り注いでいる。湯に浸かって湯気の動きを見ていると、湯気は窓側から室内側に向かって真横に動いているのが見える。勿論、冷輻射の影響も大きかった。
しかし、アエキャプを貼り付けたら、それが全く止まったのだ。湯気は湯面全体から、ゆらゆらと真上に上がって行くのが見えるのだ。真横に流れていた湯気が真上に成ったということはコールドドラフトがほとんど発生していないことを意味している。
勿論、冷輻射も全く感じなくなった。こんなに身近で、安価な材料で大きな成果が出せることに初めて気が付かされた。
エアキャップの貼り方は、先ずは同じ向きにして両面テープで二枚を重ね、貼り合わせた。
浴室のガラスには、それを外側と内側の両面に貼り付けた。つまり、空気層を4層にした。
台所は内側に2枚のみにした。ここも劇的に変化したことが感じられた。
朝起きてくると、西側の角である台所は、今に比べてかなり寒く感じていた。
居間とつながった床暖房がタイマーで同時に入るのだが、角であること、空間に対する床暖房の面積がかなり小さいこと、おまけにシングルガラスの窓があることで、同じ水温でも表面温度は上がらず、寒い空間になっていた。
それがほぼ解消したのだ。
台所の窓のエアキャップの表面温度は、室温が17.6度の時、16.2度だった。
プチ1
因みにその時の居間のペアガラスの表面温度は14.8度ぐらいであった。明らかに3・6・3のペアガラスより断熱性能は向上していた。
試しに熱貫流率の計算をしてみると、1.9Kcal/m2・h・℃ぐらいになった。3・6・3のペアガラスは3.5Kcal/m2・h・℃ぐらいであるから、エアキャップの方が計算上からも優れていることが分かる。
見た目は兎も角とすれば、シングルガラスをペアに変えたり、ダブルサッシにするよりも、エアキャップを貼り付けた方が性能アップを得られることになる。
前記したように浴室の熱環境改善もかなりの物になった。
未だに断熱に関して、特にガラスの断熱に関しては、からきし無頓着な建築関係者が居るが、是非、自宅でエアキャップを試してもらいたい。
断熱の意味が良くつかめると思う。
自宅の浴室の床には、商売柄、当然、床暖房が敷き込んである。発熱線タイプの埋設式である。だからといって浴室の気温が暖かく感じるまで上がるわけではない。
プチ2
浴室のボリュームに比べて床暖房が敷き込んである面積は少なすぎるからである。そこからの発熱よりもガラスを通して逃げる熱の方が多い為、いつまで経っても部屋は暖かくならない。
そのため入浴前には居間とのドアを開けるようにしておいた。居間からの暖かい空気で暖める為であるが、シングルガラスからの逃げる熱は大きく、とても暖かい浴室には成らなかった。
それが4層のエアキャップでほぼ完全に解決した。裸でも全く寒さを感じられないのだ。冷輻射も感じないし、コールドドラフトも感じないからだ。
こんな簡単なことで快適さが得られ、おまけにランニングコストが減り、当然、二酸化炭素も減ることになる。
こんなに良いことずくめも珍しい。まあしかし、これからの新築にはこのくらいの対策は、住まいの設計の常識としてやっておくべきである。
今はそういう時代である。

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小沢幹事長の金の問題でマスコミは持ちきりである。まるで温暖化、二酸化炭素排出を含む地球環境の問題は無くなってしまったかのようだ。小河
勿論、小沢問題が大したこと無いと言うつもりはない(但し温暖化の超重大さに比べればゴミ以下程度の話である。にもかかわらず新聞の第1面を独占している)。その日その日であたかも社会の重大な問題が、猫の目のように変わるかの様な報道の仕方や、紙面の構成が場当たり的であり今の時代に不自然さを感じるのである。
大部分の人は、ニュースの本質的な価値を考えるのではなく、目の前に現れる報道の仕方によって、その量によってのみ反射的に左右される傾向にある。おみくじ
今の報道の仕方は、あたかも小沢問題が、その費やされている時間から見ると、地球上で最も重要な問題であるかのようである。
政治的に今最も重要なことは、政治主導への転換、確立であり、政治全体の透明化であり、脱官僚である。小沢問題も一つの透明化であるが、それ一つだけにこだわり、本来社会に重大な影響をもたらすニュースが軽んじられるのは何とも歯がゆい思いである。だいたい、野党自民党が今度の国会でこの問題を徹底的に追求するなんて党首が言っていることが、どうしてニュースに成らなきゃ成らないのか不思議である。このことなど、まさにマスコミ主導で民意を操作しようとしていると取られても仕方あるまい。
だいたい追求するなんて言うことは当然やりそうなことであり、改めて貴重な時間と紙面を使うまでもない事である。それぐらいしか今の自民党には手がないからニュースとして取り上げるのだろうか。
国民の大多数は、大きな普遍的な問題を見る目より、場当たり的な放送の頻度、時間の長さ、紙面の大きさだけで、あたかもそれが重要であるかのような錯覚をさせられている。簡単に錯覚させられてしまう性格なのである。つまり、森を見ず木ばっかり見るのが好きだし、それで満足する傾向にある。まして、森を育てる地球環境などとてもじゃないが気が回らない。水門
ニュースとして放送する割合は社会の重要度で区分すべきでないのか。政治家とは言えたかが個人の金の話である、無視せよとは言わないが、そんな報道にエネルギーを費やしている価値が本当にあるのか大いに疑問である(何度も言うが、小沢問題はどうでも良いと言っているのでなく、検察が粛々とやればよい話で、それをマスコミが社会が崩壊するかの如く一面を使って報道に血道を開けていることに疑問を呈しているのである)。
そんなニュースを流している間にも、環境はどんどん悪化の方向に向かっている事は間違いないのだ。
環境問題ほど重大なニュースは無いのではなかろうか。貴重な有限の時間、有限の紙面を浪費していて良いほど地球環境の悪化は悠長に進んでいるのだろうか。
環境問題が問題として見つけられなかった時代は、その日その日で人々が興味を持ちそうな事件や問題をニュースとして取り上げれば良かった。
地球環境の問題が新しく発生した以上、報道方法も変革すべきではないのか。百年一日のようなマンネリ化した報道パターンでよいのだろうか。
地球環境がおかしく成りつつあると言うことは、地球環境丸という舟が浸水し始めていると言うことだ。まず最初にその浸水箇所を閉じることが何よりも先にやらねばならないことではないだろうか。それが常に最大のニュースではないだろうか。狛犬
沈みつつある舟の上で、乗客同士で互いに粗を見つけあったり、和気藹々としたところで、肝心の舟が沈んでしまえば全てはお仕舞いである。
誰も助けてくれないのだ。
今はそういう時代である。我々の行為の全てが無になってしまうかもしれない未来を背負った時代なのである。
時代背景が激変したのである。二酸化炭素を発生する化石燃料が枯渇するから問題なのではない。人類が快適に生きる為の環境が劣化しつつある事が問題なのである。枯渇など悠長なことを言ってる前に人類が壊滅的なダメージを受けてしまうのではないかということが問題なのである。
そういうことをベースにした報道の在り方というものは無いんだろうか。
我々が先ず興味を示さなければならないことは、先ずはこの危機を何としても乗り切らねばならないということだ。
誰が何と言おうと地球環境丸を沈めないことが最大、最優先のテーマである。
その視点から見れば小沢問題などゴミ以下の問題であるのだ。4億円がどうだろうと我々の生活にはほとんど何ら関係ないと言って良いが、環境問題は我々一人一人に満遍なく必ず甚大な影響をもたらすことである。
勿論、政治主導への転換、確立、政治全体の透明化、脱官僚は税金を通して我々に直接影響をもたらすことである。
折角ともした火を4億円程度で消しては損だと思う。川飛び
そこで新聞紙面構成の提案をしたい。
第1面は、必ず地球環境問題とする、ということである。そんな上等なページを場当たり的なニュースで独占させてはならないのではないだろうか。
後は例えば、第2面はエネルギー問題、第3面は政治改革問題、第4面は経済問題、第5面は・・・・等としたらどうだろうか。要は、常に環境問題が最も重要であるというイメージを明確にすることである。
つまり地球環境丸を沈没させないために一致協力して行く社会を目指す為に努力することである。その為に今まで通りの報道に在り方、仕方を劇的に改革しなければならないのではないだろうか。

年が明け、突然、藤井財務大臣が辞任した。77歳のお年を考えると致し方ないのかもしれないが、マスコミからは、この国の未来ことを考えているとはとても思えない発言が相変わらず流れてくる。
もっともらしい顔をして「大打撃だ」「支持率に影響する」などなど・・・・
煙突
マスコミはもう少し社会の風を読んで報道したらどうだろう。
また、「鳩山氏と小沢氏とどちらが政治的な力が強いのか」などという質問の市場調査が行われたことがラジオから流れてきた。何の意味があるのだろうか、何のために作った質問なのだろうか、これによって社会的にどう成ればよいと考えて居るんだろうか・・・・・全く何も見えてこないし、分かり切ったことをわざわざ発表することに何の意図があるんだろうか。こんな質問をしているのはバカなんじゃないかと思うのだが・・・・
明治維新以来の大変革であるのだから、それを成功させ、更に進化させ、この国を少しでも良くしなければならない。
みんなが力を合わせて何が何でもこの革命を成功させなければならない。間違っても元に戻すようなことをしてはならないと思うが、戻るべきはずの自公は何でこんなに小さく、取るに足らない風に見えるのか不思議なくらいである。
石垣
そんな中で40年来の友人である宮城県の I 氏から届いた年賀状を以下にそのまま全文を載せてみる。



年頭にあたり思うこと                 2010年正月

☆市場原理主義は日本国内でも明確に負けました。 予定通り、日本でもチェンジの時代が到来しました。
◎明治維新以来の、“平成”維新です。 そもそも、維新、御一新は荒っぽいものです。 外国だったら、革命で血だらけになっていましょう。 
☆明治維新を見ても荒っぽい。 江戸時代までの各地域の既得権益者である国王(藩主)の座を廃し、武士という形骸化した特権階級も武装解除させ、全国を一国にし往来自由にして、全庶民男子を徴兵対象として、徴税は現金に、また、最新技術の国策大企業を育成して産業と軍備を近代化し富国強兵し、初等教育も国家統制して と、とにかく激変です。 その維新を取り仕切った者達は皆若者達ですし、前例やら常識やらを壊して変革してゆく作業ですから、とにかく荒い。 体制の細部の整合など二の次で、国家体制の根幹をドンドン変革していったのですから、抵抗勢力も多かったと思います。 当時はおそらく、6~7割の先見性、妥当性、他者の了解 (議会制度も未発達)を得る程度で即断実行していったのではないでしょうか。 維新が全国民の同意で進められるわけがありません。 日本でも内戦(戊辰戦争)があり、少し血を見ました。
☆日本国民が乗っていた巨船自公丸(自公政権船長)は、この10年来ずっと浸水があったところへ、とどめに世界恐慌で遂に沈没する羽目に。沈みゆく自公丸に接舷したのはボロ船=民主丸(民主・社会国民新政権船長)であったとしても、他に救援船はありません。 民主新政権のここが不満、そこが不備と細かいこと批判して もはじまらない。 いくらボロ船であっても、太平洋に下船する訳にはいきません。◎そもそもタイタニック号が沈没する時に、豪華客船のアスカ?号が救援に接舷してくれるような都合良くいくわけがない。
☆民主丸はボロであっても、鳩山、小沢の政治資金問題など極小問題です。嫌疑は時期的に裁量権有る政権に就く以前のことであり、鳩山は他人の金でもなく、小沢も会計形式上の不備とかで、いわゆる汚職ではないようで、いずれも多寡が知れた“ちょんぼ”です。 維新の今、全国民のメインテーマは、両人が扱った数億円の小 さい話でありません。 日本の国家予算と全経済規模の総額600兆円の金の方向性をどうするかです。 新政権全体(民主丸)にまさに国民の総意で乗り込んで、運命を託したのです。 私は、この船長役などは、犬の“ポチ”でも十分に務まるのではと思っているくらいです。 何処だったか、「猫の駅長さん」がいましたから 。
☆この小さな“大問題”は、喧伝する旧政権の自公とそのサポーターによる「強調の虚偽」で、嘘つきの一典型です。 特に目立つのはマスコミで、新政権の枝葉末節の細かい落ち度を喧伝してます。 マスコミは公器の中立性の建前などかなぐり捨てて、えげつない状態です。 何せ、民放のスポンサーの殆どが御一新で損する側 にいる連中ですし、キャスターやコメンテーターもこのスポンサーにへつらって従来から頻繁に出演してギャラ稼いで知名度を上げてきた連中ばかりですから。 政変で損する側の連中の恨みは強いのでしょう。 “真実”放送を装って、自分たちが安泰だった旧政権に引き戻したいのか、新政権に潰されるのが怖いのか、“新政権 壊し”に躍起になっています。 ◎公共放送を自称するNHKも、旧政権に迎合する時代に成った旧人事のままなので、解説員達は、反「新政府」放送にやたらと使命感燃やしていて異常であり、選挙で示された国民の総意に全く敵対しています。
 ☆日頃、成功率・達成率100%を望んでしまうグズな日本人の国民性が、『この歴史の激変期では、推定6~7割の成功率見込みであっても決起できるか』、という即断の先見性の点で、試されていると感じます。◎新政権に早く、エコ社会に対応した経済と制度の指針をドーンと打ち上げてもらいたい、そうすれば国民に勇気が 湧きます。
河口堰以上

2日から4日まで二泊三日で、このところ前田家の正月恒例行事になっている、旧東海道トレンクルの旅に行ってきた。
勿論トレンクルは例の如く手作り輪行箱に入れ、12月30日に愛知県の牛田宅急便センタ止めにして送った。荷物は家まで取りに来てもらうため何も手が掛からない。一部荷物を持って出発すれば済むので、楽な自転車の旅が出来る。誰でもが簡単にできるので是非チャレンジしてほしい。民家

今回は知立市の名鉄牛田駅に近くの牛田交差点からの出発である。ここまでで日本橋からおおよそ320Kmぐらいであり、近江草津から京都三条大橋までは既に走っているので、合計で350Kmぐらい旧東海道を走ったことになる。今回の走った距離は118Kmであったが、道を間違えたり、あっちこっちに寄っている為の距離である。本来の東海道の距離は100Kmぐらいだろう。
ボケ江戸時代の東海道は熱田の宮宿から桑名へは七里の渡しがあった。つまり、この間はいわゆる東海道は陸の上には無く、海の上なのだ。これが東海道の正式ルートなのだが、海が荒れたり、船酔いをする人が通るための佐屋街道という脇街道があった。この道は特に1615年の大阪夏の陣の際に徳川家康が通って知られるようになり、正式に整備されたのは三代将軍家光の時だったようだ。但し、佐屋街道も全てが陸路ではなく、佐屋(現在の名鉄佐屋駅近く)から桑名までは渡しを使わなければなかった。その間三里と言われた。その為、佐屋街道そのものは忠実に辿れるが、その先桑名までは歴史の道とは何も関係なくなってしまう。木曽川の尾張大橋を渡り、あの河口堰を左に見ながら長良川を、すぐ続いて揖斐川を渡るルートを通った。これらの川を渡ってみると、当時の技術では橋を架けるわけにもゆかず、どうしても渡しに頼らざるを得なかったんだろう。
現在の佐屋街道は大部分が名古屋市街を通っているため、家並みの景色に江戸時代の面影はほとんど無い。
それに比べて、旧東海道は500Kmと長く、大きな市街地でない場所も数多く通るので、まだ時代の雰囲気を味わうことができる。
関宿今回のハイライトの一つは桶狭間古戦場である。若い頃、何も無いだろうと思いつつも、期待しながら行った一乗寺下り松にがっくりしたことを憶えている。
桶狭間も同様だろうと思っていっていたが、案の定、当然だが面影はない。まあ、歴史上の夢のある場所は地図上で想像していることの方が花である。しかし、1560年、今から450年前に今川義元と織田信長がこの地に立っていたのかと思うと、ちょっとは感動的でもあった。
もう一つの見所は関宿の家並みである。電信柱のない家並みは、ここに住む人達の努力が感じられ江戸時代の風情を醸し出していた。自転車でゆっくり通過しながら堪能し、自転車を送り返してから、最後に今度はぶらぶらと歩いて駅まで行った。
松並木これで、旧東海道の旅も関宿から鈴鹿峠を越えて近江草津まで50Kmちょっとぐらいになった。出来れば今年中に鈴鹿峠を超えて完結させたいと思っている。寿命の尽きないうちに済ませておかないと未完成になり悔いが残る。
旧東海道の旅はまさに地図読みの旅である。いくら自転車とは言え間違えて戻ってくるのはしゃくである。特に市街地に入ると、どうしてこんな曲がり方をしているのか不思議になる所が多い。勿論、遊びで曲げた訳では無く理由がちゃんとあるのだと思うが、通っている限りではほとんど理由を見つけることは出来ない。

今回の宿は、一泊目は名古屋金山のホテルグランコート名古屋、二日目は四日市のロワジールホテル四日市に泊まった。
ホテルグランコート名古屋はかなり申し分なかった。清潔感は有るし、セミダブルのツイン部屋は広いし、夜景は良いし、従業員の笑顔も、気の使い方も、朝食のバイキングも良かった。トレンクルは折りたたんでクロークで預かってくれた。二人で23,000円は満足。
ロワジールホテル四日市もTVのあるリビングとダブルベットツインのベッドルームの二部屋にトイレも二つある更に広い部屋だった。トレンクルは折りたたんで部屋に持ち込んだ。勿論、朝食が付いていて、20,000円はまあまあであった。木曽川
江戸時代を忍ぶ旧東海道の旅にこういうホテルは似合わないが、ゆっくり休もうと思うと、年の勢だろう、やはい無難なシティーホテルを選んでしまう。今回のコースのように目立った観光地が無い所は、これはと思う旅館や民宿がほとんど探せなかったこともある。

最後に、走る度に常に感じるのでひつこく書いておく。
旧東海道は所々で1号線と一緒になっており、現在の旧道はほとんど裏道的な存在である。つまり交通量が少なく静かな住宅街などが多い。そんな所をノンビリ走っていて国道1号線に出た時の騒音は何とも絶えがたい。どうしてこんなに騒音を出す権利があるんだろうかと思ってしまう。どうしてこんなに騒音を出さなければ走れない車しか作れないのだろうか、と思ってしまう。夜景
勿論、プリウスとは言えども自分も騒音をまき散らしている身ではあるのだが・・・これから車にはタイヤと舗装の仕方の開発は欠かせないだろう。初めっから車メーカーが車だけを開発していて、自分自身の出すエンジンの騒音だけを考えていたのは思慮が足らなかったと思う。
電気自動車が普及すればするほど、走行時の騒音が益々大きな問題になるだろう。これからの社会のキーワードに「静寂」が入ってきて欲しいものだ。
また、乗用車がでかすぎると思う。たった一人を運ぶのに何であんなにでかい車がいるのか腹が立ってくる。自動車税を払っているからと言って、一人で公共の道路を独占するのは人道的に違法なのではないのかとすら思うが・・・・価値観の変化は普段の常識の範囲を大きく越えて行くのではないだろうか。

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izena社長 前田誠一

Author:izena社長 前田誠一
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