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このグラフは月刊雑誌ニュートンの2010年4月号「CO2特集」に載っていた図である。
この号はCO2による温暖化の問題を実に分かりやすく書いてあるので、是非一読していただきたい。ニュートングラフ2
赤い線のグラフは約2万年前から現在までの大気中のCO2濃度の変化を示している。
南極の氷床に閉じこめられた空気中のCO2濃度を測定することで求められたそうだ。
2万年前から近代まで300ppmを越えたことが無いことが解るが、近年になりいきなり400ppmに向かって立ち上がっている。
まるで何かが爆発して急速にその体積が増加している様子を表しているようだ。ほぼ垂直に立ち上がっている。
また、80万年前からのデーターも解析され、やはり300ppmを越えたことが無く安定したことが解っているらしい。
私たちは今この先端部分おり、この直線的な立ち上がりは更に加速しつつ上昇をしているのである。それは、黄色で書かれた1950年から2010年までのグラフが如実に示している。カーブを描きながら上昇しているのだ。
このグラフを見ただけで未来の具体的な状況までは想像できなくても、地球環境が何かとてつもなく大きな異常事態に向かって、加速度的に突き進んでいるのではないか、ということぐらいは感じられるだろう。
もし感じられないのであれば、よほどのアホだと自覚する必要があるかも知れない。
まあ、グラフの読み方が解らないのであれば話にならないが、解らなければもう一度小学校から勉強し直した方が良いと思う。子供や孫をかわいがる気持ちがあるなら、是非実行して理解してもらいたい。
人は自分の近い未来に重大な変化(危険)が有りそうと察した時、それが避けられないと気が付いた時、その未来から意図的に出来るだけ目を反らそうとする傾向にあるのではないだろうか。
私の母は1970年に癌で死んだ。手遅れだった。思い起こせば、その前兆は色々な場面で見られた。しかし、何だかんだと理由を付けて、体調の悪さを自分自信に対して隠そうとした。宣告されることが怖かったのだと思う。そしてどうしても対処せざるを得ない状況に成った時には、手が付けられなくなっていたのだ。
おかしいと思った時に直ぐ対処していれば、もう少し何とかなったはずだったんだろう。
とても悔しい思いをした。
これは今の地球状況と全く同じなのでは無かろうか。
もし、この急速な変化のグラフが自分の白血球の数だとしたらどうだろうか。もし、血糖値だったら、もし、血圧だったら、・・・・かなり重大な体調変化であるし、ほって置いたら取り返しが付かないことになるんじゃないかぐらいは予測するだろう。
もしそうだとしたら、自分自身だったら、すぐさま病院に行き、急いで治療しようとするだろう。重篤な状態に陥らないうちに・・・・。
下の水色グラフは1985年から2010年に掛けての海水中に含まれているCO2変化量を示している。
たった25年の間に30ppmぐらい増えたことになる。
空気も海水も現在の地球環境を支えている原点である。これらが相まって太陽からの強烈なエネルギーを緩和させている。それにより地球の平均温度を約15℃に保たれ、私たちの命は支えられている。03大気と海の厚さ7
私たちの地球は、私たちが全世界で年間に消費しているエネルギーの何千倍もの太陽エネルギーに曝されている。にもかかわらず、定常的な温度を保っていられるのは、まさに空気と海水のお陰なのである。
その空気と水の機能を大きく変化させるかもしれない変化をこのグラフは示している。
2番目の図は直径が1mの場合の地球と対流圏の空気層の厚さと海水の厚さを表した図である。
それらの層が余りにも薄いため、線の太さの中に埋もれてしまい良く分からない図になってしまった。
つまりそれほど空気層も海洋層も薄いのである。直径が1mに対して空気層は0.8mmぐらい、海洋は0.3mmほどである。
生物が命を保てる大気の厚さというのは、厚さというより地球の表面にへばり付いた「膜」と言った方が適切に思う。
地球とは海水と空気がコーティングされた惑星であると言える。
そんな薄い空気層の中で人間が好き勝手をやった結果がこのグラフなのだ。
何としても、一刻も早く、1人でも多くが、先ずはこの距離感、厚さ感を共有して同じ価値観を持たなければならない。
太陽の寿命は後50億年程度と言われている。それまでの過程で大きく変化するのだろうから、地球上に生命が存在していられるのは、1/10(単なる感で、科学的な根拠はない)としてあと5億年ぐらいかも知れない。
それだけ有るのだから、その前に絶滅しないようにしないとね・・・・
孫を可愛いと思い、可愛がっている方、一緒になって何とかしませんか。


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普天間問題で揺れている。
鳩山総理に対する風当たりが強い。そして支持率が低下し続けている。
世の中の論調は殆ど全て鳩山批判一色である。木蓮418
まるで日本中がまた大政翼賛会になったのではないかと見まがうくらいである。恐ろしい。
街で通り掛かった人へのインタビューの答えは、判で押したように何処かのテレビ局のコメンテーターが言ったことをオーム返しをしているようである。
それもその中で憶えている単語だけを羅列しているだけのように見える。
こんな程度のことが世論というものを形成するのだろう。その中に自分の理念に基づいた未来に向かった提案などは少しも感じられない。
批判するだけなら特別普段から殆ど何も考えていなくても、その時の思いつきで誰にでも出来る。IMG_1321.jpg
未来に向かって前進するための提案をしないのは、国民ばかりでなく、したり顔のコメンテーター(これにはかなりのレベルの差があるが)もキャスターも殆ど変わらない。
勿論、この国のマスコミがその程度だから、それを見よう見まねしている国民のレベルも推して知るべしなのだろう。
何だか大東亜共栄圏とこわだかにがなり立てていた時代から何か変わったのだろうか、と思ってしまう。
河原の葦が風で皆同じ方向へなびくような所は相変わらずの国である。
決断力がない首相、5月に決着などしない、移転先候補の住民に賛同などさせられない、アメリカに同意させられない・・・等々、マスコミ全体が歩調を揃えて批判を繰り返している。
先日、自宅で21年間ほって置いて、錆だらけになっていた鍛鉄の手摺りと、暖炉の煙突を友人に再生してもらった。友人は勿論その筋のプロの作家なのだが、予想よりかなり大変だったようだ。外から見て塗装が残っていて錆が無いように見えても、ちょっと触ってみると塗膜の下は錆だらけの箇所が幾つも有った。
どんな優秀なプロが見ても解らないことが有ることは世の中の常である。しかし、さすがに錆を落とし塗装してもらうと新品同様に見事によみがえった。
現在の政治状況はこの錆落としと同じである。外から見て予想していたよりも錆が強固なだけなのである。
錆の原因を作ったのは半世紀以上にわたってこの国を牛耳ってきた、官僚とそれらに好きなようにさせてきたこの国の選挙民が選んだ自民党である(にもかかわらず反省のかけらもなく、したり顔で批判をがなりたてているのは何とも醜い)。ヒアシンス418
半世紀以上にわたり強固にへばり付いてきた赤さびが、半年やそこらで剥がせる訳などないことなど、どう考えたって解りきったことだと思うのだが・・・・にもかかわらず、何所のテレビ局、ラジオ局も批判だけである。「評価しなくても良いから少しぐらい解決策の提案をしたら」と言いたくなる。
徳之島の人達の多くが基地移設反対をすることは当然であるし、その前に沖縄の人達が米軍基地を無くしてもらいたいと考えるのも当然である。
この問題の根本は国防問題である。
この国は自国の国防(ここで言っている国防とは軍備だけを意味しているのではない)を真剣に考えず、それを真剣に考えさせることを国民から奪い、経済の繁栄だけに目を向けさせ、楽をすることだけを目標にし、それを国家運営の基本としてきた。そうやって選挙票にしてきた。
安保という条約を傘に、国策としての広い意味の国防を真剣に考えてこなかった。
それが同じ日本国民である沖縄の人達に基地を押し付け、大変な思いをさせ、その傷みを分かち合うという心を無くさせてしまったのではないだろうか。
社会は自分の今の快楽だけを追い求める事を賛美している。それが経済成長で、金が豊かになれば幸せになれる、という考えである。しかし、そんなことをいくら追求したところで、心が豊かになれる訳でもなく、幸せになれる訳でもないことはもうとっくの昔に解ったはずである。ボケ418
金があることだけが自分にとって良いことであり、その為、他人に対しての「思いやり」という心を無くしてしまった。そればかりか、事もあろうに自分の子供や孫に対する未来への思いやりさえも無くしてしまったように見える。それが未来の環境に対する無関心である。
そんな訳でテレビのニュース番組は出来るだけ見ないようにしている。その時間があったら本質は何かを少しでも考える時間にしたい。
情報はインターネットの短いニュース見出しだけで十分である。キャスターやコメンテーターの表情などいらないし、主観など聞く必要はないと思う。
もう少し、自分で考え、自分で判断する為の努力をすべきである。
そのことを何時でも忘れないようにしようと思っている。

お知らせ
今週の土曜日(24日)京都で行われる「CO2ゼロにこだわる実験住宅」という講演会で講師を頼まれました。
ご興味お有りの方は是非こちらにお問い合わせ下さい。
関西自然住宅推進ネットワーク

腹ごしらえをして、関西本線で亀山に向かう。そこから乗り換えて一駅で関に到着。今年の正月以来、二ヶ月半振りである。6地蔵
電柱が無く、江戸の面影を色濃く残す関宿をブラブラと歩き、満開の白梅、紅梅を楽しみながら今日の宿、国民宿舎・関ロッジに着いた。バストイレ付きの部屋を取ったのだが、浴槽の小ささに大浴場に行ってみた。
相変わらずモラル違反が多い。5地蔵
体を洗わずに湯船に入ったり、湯船の中にタオルを入れたり、辺りに構わず泡を飛ばしていたり、シャワーのお湯を飛ばしたりと、自分さえ良ければ周りの他人の気持ちなど全く顧みないバカが多かった。頭と体を急いで洗い、シャワーで体を温めてから早々に退散した。周りにいる他人のことは全く無視し、自分の今だけの気分を満足させるために振る舞う人間には、がっかりするということを通り越して頭に来る。4地蔵
こういう人間が多くいるのは、結局は親の教育が生なんだろうし、自分さえ良ければという雰囲気を醸し出している社会に寄るんだろう。その中でも、他人のことは考えず何をやっても良い、という雰囲気を作り出し、赤ん坊の時から洗脳してしまう冴えたる元凶は車なんだと思う。板
生まれた時からその中で育てば、他人のことなど無視する脳みそに成ってしまうのは当然なのかも知れない。
それが音の静かな車からわざと音を出して歩行者に先ず解らせて、人をどかそうという発想にもつながって居るんだろう(車社会では歩行者優先であることが明文化してある。歩行者優先なら、その歩行者が静かな車に気が付かないなら、気が付くまで待てばよいのではないか。待てないなら窓を開けて「済みません!車が通ります!」と声を掛ければ済む話ではないのか。音のでない車は革命である。価値観の大変革である。それなのに今までの価値観を引きずろうとする。窓を開けて声を掛けることになれば、自己中心に振る舞う元凶である車文化の変革になるのではないかと思うのだが・・・・そういう文化にすべきではないのか)。
こういう嫌な気分を味あわない為に、せっかくの旅では本意ではないのだがなるべくホテルに泊まるようにしている。民宿やペンションを取る時は出来るだけ少人数しか止めない宿を探すようにしている。その上で、なるべく早く風呂を利用させてもらうようにしている。勿論、髪の毛などを残して、次に入る人が嫌な気分成らないよう十分配慮はしている。二人
今回の旅では初めての経験をしたことがある。昔から言われている「旅は道連れ、・・・・」の道連れのとても良い経験をさせていただいた。
関宿の家並みを出て直ぐの所のコンビニでその方とお会いした。
群馬県からいらしたOさんである。旧東海道を歩き始めて、もう十年、二十回近くになり、何時も一人で歩かれているそうだ。百名山を制覇された方でもある、根っからの山やさんだ。
一人を基本とされていて、とてもフィーリングの素敵な方だった。鈴鹿峠

21日の目標は同じ水口宿であったが、手前8~9Kmぐらいの長泉寺でダウンとなり、タクシーで水口宿まで行くことにした。
Oさんは水口宿に宿を取っていらしたので、お別れすることになった。
私たちは気に入った宿が見つからなかったので、草津駅前に宿を予約していた。
当然、次の日に電車で水口に戻り歩き始める予定であったが、更にまたタクシーで長泉寺まで戻ることになった。
22日、長泉寺には9時頃付いたが、待ち合わせしていたわけではないのでOさんはいらっしゃらなかった。
後で知ったのだが、8時頃出発されたとのことであった。
ノンビリと歩き昼前に水口宿に着いた。そこで昼飯をと鰻屋さんに入ったが、予約が入っていてかなり時間が掛かる言われ遠慮することにした。そして店を出たその前に何とOさんが歩いてこられたのだ。同じ旧東海道を歩くのだから再会する可能性はあるとは思っていたが、同じぐらいの早さで歩いている場合は、よほど出発した時間が近くない限りほとんどは合うことは出来ないとも思っていた。石仏軍
それが何んと何と目の前にOさんが現れたのである。何か縁のようなものを感じた。
当然そこからまた道連れにさせていただいたが、昨日と同様、目標草津までの20Kmばかり手前でOさんも止めようということになり、野洲川の横田橋を渡った所の「すしふじ」という店でビールで乾杯してお開きとした。
そんな訳で今回の旧東海道の旅は完了しないで終わってしまったが、今までにない楽しい旅であった。
こんな偶然の楽しい旅が二日間も出来たのは、車を使わなかったことによるのだが、これから何度体験できるか今の社会では何とも解らない。


いよいよ旧東海道の旅も最後になった、と思って意気込んで出発したが、もう一回行かなければならない羽目になった。関駅今回は3/20~23日、関宿から鈴鹿峠を越えて草津宿までの約60Kmをトレンクルでなく、歩くことにした。
なぜ自転車でなく歩いたかというと、箱根峠と同よう鈴鹿峠も山道であり、長い階段があるということと、トレンクルを受け取る宅急便センターが関宿からかなり離れた工業団地内に有ったからだ。今年の正月の旅で、疲れた最終日にそこまで走った経験をしていたことが、歩くことの選択に気が向いてしまった。
だが草津の20Kmぐらい手前で中止してしまった。理由は単に疲れてしまったからだ。見学会の疲れが未だに尾を引いている感じである。関の街並み
旧東海道の旅を始めた切っ掛けは、余り明確に憶えていないが、学生時代に、日本橋から三条大橋まで約500Kmを、自転車で一日で走るチャレンジを6回試みたことにある。
結局、名古屋までを最長に、それ以上走ることが出来なかった。その敗北感が忘れられずにいたこともあって、それなりに一度東海道を完走したいと考えていた。土壁
学生時代は旅の情緒などということではなく、ただがむしゃらに一日で500Kmを走ってみたいだけだった。
車時代が来る中で自分の足で500Kmぐらい走れるんだ、ということを社会に示したかった。
今の年になれば望んでもそんなことは不可能であり、年相応の走り方をしてみようと思った。勿論、妻も一緒なのでランというよりも、旅としてのチャレンジにした。
最初は掛川宿から知立宿まで、二回目は草津宿から京都まで、三回目は日本橋から小田原宿まで、四回目は三島宿から掛川宿まで、五回目は小田原宿から箱根峠を越えて三島宿まで、六回目は知立宿から関宿まで、そして七回目の今回の関宿から草津宿の予定が三雲までとなってしまった。
次回が最後の八回目になり三雲から草津ということになる。今のところ日程は未定であるが、なるべく早く完了してしまいたい。
この年になると何時どうなるか分からないと考えておくべきであるからだ。紅梅
日本橋から走らず、てんでんバラバラに走っているのは、単に気ままであるということ以外に理由はない。
三雲~草津を終わらせれば、遅ればせながら何と40年振りの達成ということになるのだが、やり終えなければ達成話は始まらない。
一週間前からの天気予報は三日間とも雨気味だったが、出発日は晴れになった。普段からの行いのせいであることは間違いない。
結局、三日間とも大した雨に遭わなかったが、二日目の黄砂は初めての体験だった。たまにぽつぽつ降る雨粒の跡が黄色の斑点になった。
特に黒いカメラにに付いた斑点は目立ったため、慌ててザックにしまい込むほどだった。二人2
名古屋で新幹線を降り山本屋の煮込みうどんと思っていたが、昼前というのにもう行列が出来ていた。乗り換え列車の時間もあるので並ぶことは諦め、味噌煮込みをやっている近くの他の店へ「えいやっ!」と飛び込んだ。味はそれなりでまあまあ美味しく食べられた。結局、八丁味噌を使った煮込みうどんであれば何でも良いわけで、自分の舌がかなりいい加減であることを改めて再認識させられる結果になった。
今まで名古屋に行くと、煮込みうどんは山本屋と勝手に決め付け、他店のものは食べなかった。その為、他店の煮込みうどんの味は何も知らないのである。
にもかかわらず山本屋が一番美味しいと勝手に決め付けていた。一番だというのは、少なくても名古屋中の煮込みうどんを食べてから言うことであり、どう考えても理系の発想ではないし、自己主張の軽薄さである。石仏群2
社会の常として、何処か一店に行列が出来れば、何所も負けじと頑張るはずである。独自の味を作り出して勝負しているところはかなりあるはずである。名古屋へ行けば山本屋というのは、バカの一つ覚えということ以外何ものでもないのだろう。

次回につづく


(実験の種類)
棟がわら
(1)実験住宅の目玉は幾つかあるが、最大の目的は、土壌蓄熱による暖房効果と少し温度の低い水による冷輻射面効果(土間床暖房効果)であり、それを実現するためのシステム開発の実験である(そんなことが可能なのか試してみる実験である)。
太陽熱による土壌蓄熱は日射熱が得られる毎日、一年中行う。
最も高温が取れる夏は、最大の蓄熱時期である。勿論、その熱が冷房機器の無い屋内に影響しないような対策も取ってあり、その実験もする。これらのシステムは特許も申請済みである。

(2)もう一つは木造住宅の木造床構造におけるダイレクトゲイン方式の実験である。
これまでは木造であっても床をコンクリートや煉瓦などにする必要があった。
今回はあえて縁の下のある木造構造であり、まして、二階の床を対象とした。
それをアルミ集熱床材、アルミ伝熱根太、アクアレイアー蓄熱槽(以上全てイゼナ独自の開発品)を組み合わせた構造とし、その効果を確認する。
勿論、(1)、(2)の実験とも暖房CO2排出のゼロ化が出来るのかどうかの試みである。
つまり、(1)はこれからの時代に必要な一年サイクルの考え方であり、(2)は今まで通りの一日サイクルの考え方である。
瓦
(3)夏対策としては、常に空気が自然に流れる構造の実験であるが、空気の流れのシミュレーションはしていない(熱のシミュレーションは勿論してある)ので、頭の中のシミュレーションがどこまで通用するのかの試みである。
最上部に取り付けられた、7面の断熱内戸付きジャロジーの効果により、自然な気流が作り出せるかの実験である。

(4)もう一つの夏対策として、3面のタープを用いることを考えている。東西面からの日射を防ぐ垂直タープと上からの日射を防ぐ水平タープである。
時期と時間により変化する太陽の位置に合わせて、完全に日射をカットするためである。
その為、庇は雨切り機能を持たせただけで特別長く出していない。
冬の日射をできるだけ取り込める様にするためである。

(5)外壁に於いて、防湿シートを貼り湿度の動きを止めてしまう方法に疑問があったため、セルロースファイバー断熱材を透湿性能のあるモイスでサンドイッチしてみた。壁の中を湿気が通り抜けてゆくためである。
土壁もどきのつもりである。
内側から、モイス+セルロースファイバー+モイス+タイベック+通気層+ガルバリュームとした。
実際の透湿量の差を計るわけにはいかないので、今のところ住まい手の感想を聞くしかない。
桃色ハナミズキ
(6)日射を取り込む南側の巾2540、高さ2200の開口部1面と巾1600、高さは同じの開口部2面に断熱ロールカーテンを取り付け、その性能と操作性を調べる。
今まで実験したことがない大きさであるので、部品も設計し直した。

(7)また、土壌蓄熱用の熱源である自作の太陽熱集熱温水パネルの性能を調べる。
大きさは1820×910を横向きとして4台を真南を向いた二階のベランダの手摺りに取り付けた。
集熱部配管の総延長は75mばかりであり、集熱面積は5平米強である。
集熱効率は集熱面のアルミと架橋ポリエチレン管との密着度が不明のため、熱の伝達がどの程度おこなわれるか不明であり、実際に流し、その量と入口水温、出口水温のデーターを得てから確認する。
以上のことを主な目的とし、出来るだけデータが取れるようにしてある。

4回にわたって実験住宅について書いたが、何故、実験住宅を企画したのか、その背景を改めて述べてみたい。
最も根底にあるのは、私たちホモ・サピエンスの文明の在り方である。
私たちホモ・サピエンスは今に至る間に欲望を満足させるために、また自分たちだけが生きるために、地球に住む多くの仲間達の生き物を食い殺し、滅ぼしてきた。鯨も、マグロもそう遠くない将来、マンモスを絶滅させたように食いつぶしてしまうだろう。
そして今、貴重な石油・石炭という資源さえも自分たちだけで食いつぶし、孫やひ孫、玄孫・・・・達には何も残してはやらないつもりで居る。まるで共食いとも取れる行いである。そんな価値観が今の文明を作っている。そしてそんな中で私たちは今を生きているのだ。そんなことを何時までも許しておいてはいけないと思うし、許されないのではないだろうか。
レンギョウ私たちに本来与えられているのは、太陽からの莫大なエネルギーと、無限に広がる真空の空間に浮かぶ閉じられた地球という場所だけである。
好き勝手に、今の自分のためだけに、これ以上、化石燃料を浪費してはならない。温暖化の危険を冒してまで今の化石エネルギー文明を継続する価値は無いと思う。未来を無視した欲望に未来は来ないだろう。
今こそ、更なる快適な生活のために化石エネルギーから太陽エネルギーに転換させるべきである。
人類最後の産業革命を起こすべきである。
これが実験住宅を作った背景になった考え方である。
所詮、太陽エネルギー社会になればCO2はゼロである。
今からゼロを目指す技術開発をするのは起業家として当然なことではなかろうか。

今回、書いたイゼナ実験住宅の見学会については、イゼナホームページを参照してください。



プロフィール

izena社長 前田誠一

Author:izena社長 前田誠一
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