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昨日、ある病院に入院した人の投書の話を聞いた。6人部屋の窓側の人からであり、内容は、「昼間は、まるで地獄の様な暑さである」というもだ。
この病院は最新の都市計画の一環として作られた病院である。そんなに最新の考え方で建てられたはずの病院からこういう投書が出るのはどうゆうことなんだろうか。何を意味しているんだろうか。しぎ
調べている内に都市計画の見た目の随分立派なイメージ図があった。イメージとしては至って当たり前であり、代わり映えがしない相変わらずの絵ではある。
しかし、何故、入院したした人からそんな言葉出たのだろうか。
原因は簡単である。入院患者がそこに寝た時、患者に太陽直射光が直撃し、同時に室温が上がったからだろう。
そうなることが分かっていて何も対策を立てなかったのか、それとも形だけに捕らわれ過ぎて気が付かなかったのか、それとも分かっていて、空調で何とか冷やそうという設計をしたのだが、その能力が足りず地獄にしてしまったのか、いずれにしてもナンセンスは話である。
しかし、もし、空調能力で何とかしようとしたのだとしたら、時代錯誤も甚だしいと言えないだろうか。
大きな空調機器に頼ることは、膨大なCO2の排出を前提にしている。2、3年で壊すなら兎も角、少なくとも20年や30年は使うつもりなのだろうが、ごく近い将来にエネルギー的に使えなくなるのではないだろうか、と心配してしまう。それにしても最新の建物である。九輪
建物は、それを使う人の為にあるはずである。
それとも机上で作った計画通り、外から見た時にかっこよく見えればそれで良いのだろうか。
そんなことはあるまい。
病院の入院棟であれば、特にそこに入った人が先ず第一に快適であるべきなのは当然であると思う。それじゃなくとも患者さんは気持ちが沈みがちであろう。特に心をいやす快適さを考えるべきではなかろうか。
それが人のことを第一に考えた設計ということだと思うのだが・・・何はともあれ、外観が例えどうあれ、入院した人が「ここに来て良かった」と思われる建物でなければならないはずだ。
室内に入り込む日射に対する窓の対策は、ガラスの外ですべきことは常識である(透過光を減衰させるガラスも使われているんだろうが、所詮、小手先の対策に過ぎないと思う。冬の熱も減衰させてしまう)。
しかし、ビルの場合、今までは殆ど外で対策をしてあるのにお目に掛かったことがない。単に格好悪いと言うことなのだろうか。
最近建つた最新のビルも、それ以前のビルも、ただ単にガラスになっているだけである。確かに、縦と横の線の構成で図面は随分綺麗に見えるだろう。しかし、そこに入院した人に「地獄のようだ」と言わせてしまっては、どんな図面を書いても、全ては失敗作と言えないだろうか。入院した人と外観は何の関係もないのである。
時代はエネルギーを中心に大きく変わりつつある。車もガソリンエンジンから電気モーターみ変わろうとしている時代である。ハイブリッド車が最も売れる時代である。太陽電池も珍しくない時代である。何所に旅をしても風力発電機の1台や2台はお目に掛かる時代である。釣り人
それに比べてビルはエネルギー的な観点から見て、何も変わっていないように見える。多分、設備の効率は少しは上がったんだろうが、電気エネルギー、ガスエネルギーを投入することが前提で、つまりエネルギーはランニングコストに置き換えて、全ての設計が成されていることには変わりがないのではなかろうか。
ガラス張りであれば、日射がもろに入ろうとするのは当然である。その日射の熱エネルギーは入れてから処理するのではなく(それには多大の化石エネルギーが必要である)、入れる前にカットするのも、また当然の物の理である。
CO2の問題がそれほど重要に感じることが出来なかった時代は致し方がないにしても、問題が明確になった今でも、相変わらずの形で作られているのはいかにも不自然だと思うのは私だけなんだろうか。
「はやぶさ」が、無限の宇宙の中の、たった500mぐらいの小惑星に接触し、60億Kmの旅をして、また地球へ帰り着いた。それも狙ったオーストラリアの砂漠にカプセルだけを着陸させられる時代である。
技術的に出来ないことなど無いはずなのに、何故、入院棟が暑くて地獄のようだということが解決出来ないんだろうか。鳶
これは解決できないのではなく、初めから解決するための項目に入っていないのではなかろうか
時代は激変しつつある。日本太陽エネルギー学会誌を見ていても、CO2ゼロという言葉が出て来るように成った。
CO2はゼロにしなければならないという方向に社会は向かっている。
エネルギーを金(ランニングコスト)に置き換えて、それが少し安くなった程度では許されない時代に入りつつある。
ビルはかなり長期に使うことを前提に作られなければならない物である。今のままで行くとその途中で使えなくなる物が続出するのではないだろうか。
せめて、病院の建物であるなら、そこに入院した人達に「ここへ来て良かった」と言ってもらえるような建物を設計してもらいたいものである。
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トレンクルで旅をしていると、この国は自転車で旅をする事に対する配慮がゼロに等しいことを感じる。
自転車で旅をする度にそのことを改めて感じさせられ、ブログに書いてきた。格子窓
こういう事を改善するための公共事業には大いに金を使うべきであると思う。
公共事業が全て無駄であるわけではない。
今までの公共事業である道路は車だけのことを考えて作られてきた。
スピードを出しても車がより安全に走れる事を唯一の目標にして作られてきた。
人の安全を言いながら、所詮は車のためであり、人はいかにスムーズに退かすかということが安全であると考えられてきた。
この様な車がスピードで走る道路から、人や自転車や車椅子やバギーなどが安心してゆっくり楽しめる道路網を日本中に張り巡らすべきである。油ツツジ
「ゆっくり道路網」を今までの「スピード道路網」とは別に作るべきである。そうすればこの国に計り知れないメリットが生まれるのではないだろうか。
そういう安心な道路が出来れば、誰でもが、ちょっと遠くまで歩いてみようとか、自転車で走ってみようとか思うんじゃないだろうか。
今まで、車椅子で旅行している人には出会ったことがないが、こういう道が出来て、トイレを含めた設備などが所々に出来れば、車椅子の人が一人で旅行することも可能性が出てくるのではないだろうか。外国からも多くの人がこの道の旅を目指して来るだろし、来たくなるような設計をすべきである。
何と言っても、このインフラを作るためには膨大な道路を作らなければならない。そこには屋根付き休憩所、水飲み場、名所歴史観光案内掲示板、弁当店、太陽電池汎用充電スタンド、食堂、温泉、宅急便店、テント場、etc これらの物を日本全国に作らねばならない。それらは全て地元ごとにそれぞれの企業が仕事を取れば良いだろう。さつき
個々の工事は大きくないが、日本中満遍なく地元の企業がやれば良いだろう。
道路の周りには、施設関連は勿論だが、植林や花畑も自然な感じに作らねばならない。夏の日差し避けのための並木は必需品である。近くにあるお医者さんや薬局の情報を載せた標識も必要である。列車やバスの時間表も重要である。また、近くのタクシー会社の情報もいる。宿の情報も必要である。今の時代だから休憩所に端末機があっても良い。今日泊まれる宿を自分の今日の体調に照らし合わせ、即座に探し出せる。
勿論、休憩場ではインターネットに接続でき、電源は太陽電池、風力発電機と蓄電池、近くに小さな流れが有れば小型水力発電機も使える。木
この電気エネルギーの補充の問題は絶対必要な問題であるから、電池のレンタシステムがあっても良いかも知れない。契約をしておいて、休憩所で充電された電池に交換してもらうのである。そうすれば旅が更にスムースになるだろう。
コンクリートで作られた小さな水路も、腰を下ろして一休みできる小川に作り直すべきである。水の流れを見ながらの休憩や食事は格別である。
坂道は階段ではなく滑りにくい舗装にして、当然手摺りも必要である。また、至れり尽くせりでない区間があっても良いかも知れない。それはそれで緊張感がある旅になるだろう。
それとどうしても必要な物は一里塚である。そこを通り過ぎるために、自分が少しずつ着実に進んでいる達成感が得られるのではないだろうか。
駕籠や人力車や馬も置きたい。新しい仕事が生み出せるだろし、疲れたらちょっと駕籠や馬に揺られて、なんていうのは随分とおつな話である。要はゆっくり道路網のタクシーである。タクシーなら勿論自転車タクシーが有っても良いし、それが電動でも良いだろう。
道路は単に舗装をしてしまうのではなく、歩く部分は草地だったり土でも良いだろう。しかし、車椅子や自転車のためには平行して舗装道路も必要である。一本の道の半分が舗装で、半分が草地や土という二色街道である。
駕籠や人力車や馬はそれが動く時、石油はいらない。江戸時代の乗り物システムがそういう意味ではこれからの乗り物の原点であり、ヒントに成るのではないだろうか。葉
勿論、ゆっくり道路にも○○街道と名前を付けるべきである。
この「ゆっくり道路網」案は、初めから江戸時代を意識していたわけではなく、自転車道路のイメージだった。
しかし、書く内にだんだん江戸時代に入っていってしまった。
まるでメビウスの輪のように、現代を突き詰めたら江戸時代に戻ってしまい、それがまた現代とつながっているようである。
こうなってくると、「ゆっくり道路網」は今の道路網と別次元の、別世界の話になりそうである。移動するペースの二重構造になり、旅の仕方の二重構造になるのだろう(但し、片方は車で点と点の間を移動するだけだから、旅と言って良いかどうか疑問であるが・・・)。正に異次元空間の旅が現代に出来る夢のような旅になるんではないんだろうか。
これは夢でなく、これからの日本の在り方の一つにして行ければと思う。

10年以上前から、「家とはエネルギーを消費する箱である」と定義してきた。
家に人が住む以上、エネルギー無しにその中で生活するなど考えられないからだ。タンポポ3
エネルギーと家との関わりについては、このブログで何度も書いてきた。
何故そう言ってきたかというと、現在、家を設計するにあたって、その形を決めるのに、その中で大量なエネルギーを消費するにも関わらず、エネルギー的視点が全く無視されて来ている現実があるからである。
それは、エネルギーという言葉が「ランニングコスト」と言い換えられ、つまり単に「お金」に置き換えられ、家の形に対する価値よりも軽い物とされてしまったからである。
つまり「エネルギー=ランニングコスト=お金」と成ってしまったのだ。
その為、お金のことを考えさえすれば、それでエネルギーという視点を全く持たなくても、そういう見方ができなくても家は設計出来るようになってしまった。
にもかかわらず、人間は必ず家の中でエネルギーを消費して楽で快適な生活を求めるのである。それは、今の日本経済が悪いとはいえ、電気代やガス代を払えないほどではないかららなのであろう。
つまり、たまたま電気代やガス代が払える経済状態があるから成り立っている設計手法に過ぎないのではないだろうか。
今の社会は、あらゆる場面で「エネルギー=ランニングコスト=お金」という捉え方であるため、いまだに温暖化問題の収束の目処は立っていないのだろう。タンポポ2:1
人類が人類になる前夜の生活は、現在のゴリラやオランウータン、チンパンジーなど類人猿の生活の仕方に近かったんだろう。つまり、屋根のある空間は持っていなかったんだろう。それは勿論その必要がなかったからである。
屋根が無くても、つまり、雨に当たっても特別問題なかったんだろう。
それなのに、なぜ人間に進化してから屋根のある空間が必要になったのだろうか。
なぜ、屋根の無い葉っぱの寝床から、屋根付きになっていったんだろうか。
これ以後は私の仮説であるが、人類になる以前の私たちの祖先が人類化したことと、「火」との関係が至って重要なのだと思う。
人類は人類に進化したことが先か、火を使ったから人類に進化できたのか、どちらが先なのか分からないが、いずれにしても人類へと進化する過程で「火」は切っても切れない重要な役割を果たしたのだろう。
では、人類が火を手にした時、一体どうしただろうか。火を手に入れたのは、最初は偶然からだろう。しかし、それは雨や風などで直ぐに消えてしまい、また偶然に手にはいるまで待たなければ成らなかったのだろう。
そして彼らは直ぐに、それを消さないようにするためにはどうすれば良いのか考えたのだろう。
そして、火を洞窟に持ち込んだのではなかろうか。(または、火を消さないようにするための工夫の過程で、葉っぱ葺きの空間を先ず作ったのかも知れない。しかし、その貧弱さのため洞窟へ移ったのかも知れない)。
それにより雨と風から火が守られることになったのだろう。そしてホモサピエンスはそれに味を占め、火を中心に洞窟の中で生活するようになったのだろう。タンポポ4
つまり、火を維持する目的が無ければ、わざわざ湿度の高い洞窟などに住む必要がなかったであろう。
もともと外で生活をしていたのだから、洞窟に入る必要なんか無かったと思う。
洞窟に入り生活を初めホモサピエンスは、熱を通した旨い食事と温かさと明るさを手に入れ、常に火を囲む生活になったんだろう。
そういう生活を獲得した結果、体毛の必要性が無くなっていったのではないだろうか。それと同時に、種火を保存するテクニックを見つけた者が何らかの違った立場に立てたのではなかろうか。
それが身分関係を誕生させていったのかもしれない。
体毛が少なく成りつつあるホモサピエンスは、火のある洞窟から外に出る時、自分の体温を維持する工夫を迫られることになり、狩りをして得た動物の毛皮などを身につけるようになったんではないのだろうか。
着衣の始まりである。
また、洞窟の中で火を囲み、体毛を失った身体を寄せ合いながら密な生活をする内に、発情期というシステムを失い、何時でも妊娠する事が可能になったのかも知れない。無限の増殖機能の獲得したほ乳類の誕生である。
人口が増えるに従い、食料の争奪も激しくなり、戦うための知能も急速に進化していったのだろう。
戦争をするほ乳類の出現である。タンポポ1:1
火と着衣と多くの仲間と戦うテクニックを手に入れたホモサピエンスはどんな地域にも移住する能力を獲得したのである。
その結果、食料を得るためのホモサピエンス間の争いによる移動の必要性に対しても、それを合理的に可能にすることが出来るようになったのだろう。そしてホモサピエンスは世界中に広がっていったのだろう。
その時、つまり移動する時、火をもって行く必要に迫られ、その容器として土の器が作られたのかも知れない。煮炊きを発明する以前に火を維持し、持って移動するために、安全に熱くなくするために、どうしても粘土の器が必要になったのではなかろうか。粘土の器の中に火を入れたことにより、結果的に粘土が焼かれ、偶然、土器が出来たのではないだろうか。
争いの圧力から洞窟を出て行った一部のホモサピエンスは、自己の健康の維持と火のある生活を維持するため、洞窟でない雨露を防ぐ「家」を発明したのだろう。
こう考えて行くと「人間=火=家」というつながりが明確になる。
人間は人間になった時から火とは切っても切れない縁にあるのだ。
人間と火つまりエネルギーと家は三位一体の関係なのだろう。
(「家」は「エネルギー」を加えることにより、人間が住む「住まい」になる)
その関係は実は現在も何も変わっていないのだが、石油がその感覚を狂わしてしまったのだろう。
現代はそのエネルギーを意識できないような社会であり、その意識されないままの行動が、環境破壊を更に加速して行くのだろう。




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