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20131018
小泉さんが「原発ゼロ」の発言を繰り返しています。
発言内容は至って正論です。
元自民党の総理がいきなり余りにも正論過ぎて気持ち悪いところもありますが、どうも本物のようです。
人間として至って正常な人間性に気が付いたと言えそうです。
発言内容は明らかに反原発推進安倍です。
しかし、その中で「第二次世界大戦で日本は無謀な戦争をして三百万人以上が命を落とした。満州(現中国東北部)から撤退していれば戦争は防げたが「満州は生命線だ」と撤退を拒否し、結局は国を焦土にした。経済成長のために原発は必要だという意見があるが、そんなことはない。
戦争で満州を失っても、日本は発展したじゃないか。」という部分があります。
正にその通りです。
この事から学ぶ事が、多くの戦死者に償うことであり、弔うことになり、死を無駄にしないことだと思います。
何も反省しないで、見せかけの靖国参拝など戦死者への冒涜に過ぎません。
過去を反省し、学んでこそ価値ある犠牲になり得るはずです。
私も前に書きましたが、日本は焦土と化し、それこそエネルギーもゼロに近い状態から、多くの矛盾も含みますが大きな発展を勝ち取りました。
至って劣悪な環境の中で、多くの起業家が努力してゼロから日本を立て直した訳です。
それに比べ、今の状態は原発が無くともエネルギーが十分すぎるほどある状況です。
敗戦当時に比べれば月とスッポンどころではなく、太陽とスッポンぐらいの恵まれています。
にもかかわらず今の経営者は彼らの足下にも及びません(のにデカイ顔をしている)。
戦後の経営者は全てを新たに作り上げたが、現在の経営者は、単に継続するだけなのに、エネルギーは十分あるのに、自分達のやることがほんの少し変化することに怖がっている様に見えます。
詰まり、今までの価値観と違う新しい社会が来ることを怖がっているように見えます。
情けない限りであり、とても経営者などとは言えないし、明らかに太陽エネルギー社会に世界が向かうのにとても伍してはゆけないでしょう。
そんな経営者とグルになっている政治屋しか選べない日本国民は不幸ですね・・・
 

小泉純一郎元首相が1日、名古屋市内で講演し「原発ゼロを実現し、循環型社会を目指すべきだ」と早期の脱原発を強く訴えた。講演の内容は以下の通り。
経済界の人と話をしていると、原発ゼロなんて無責任だと憤る声が多い。わたしはそんな中で原発ゼロを主張しています。
 放射性廃棄物、核のごみをどう処分するか、あてもないのに原発を進めていくのは無責任ではないか。先日、エネルギーの地産地消が進むドイツやフィンランドの「オンカロ」という最終処分場を視察した。最終処分場は四百メートルの固い岩盤をくりぬいた地下に埋める。それでも原発四基のうち二基分しか容量がない。そもそも今、ごみを埋めても十万年後まで人類がきちんと管理できるのか。
 日本では野田佳彦前首相が一昨年暮れに事故の収束を宣言したがとんでもない。原発は事故が起きれば人の健康や農水産物、地域への影響が計り知れない。民間会社では負担しきれない。
 原発を立地してもいいという自治体のためにどれだけの税金を使ってきたか。汚染水対策も廃炉も税金を使わなきゃできない。事故の賠償にこれからどれぐらいかかるのか。原発のコストほど高いものはない。
 第二次世界大戦で日本は無謀な戦争をして三百万人以上が命を落とした。満州(現中国東北部)から撤退していれば戦争は防げたが「満州は生命線だ」と撤退を拒否し、結局は国を焦土にした。経済成長のために原発は必要だという意見があるが、そんなことはない。戦争で満州を失っても、日本は発展したじゃないか。
 原発の代案はない、今すぐ全廃は無謀という声も聞くが、政治がはっきりと方向性を示せば代案は出てくる。
 日本人は焦土からでも立ち上がった。これという目標ができれば、官民が協力し、ピンチをチャンスに変える特性を持っている。今、原発をゼロにするという方針を自民党が打ち出せば、一挙に(脱原発の)機運が盛り上がる。(太陽光などの)再生可能エネルギーを資源にした循環型社会をつくるという夢に向かって結束できる。
 世界が必要とする安全な社会をつくるため、今はピンチではなくチャンスなんだ。
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20131007
政府、踏切救助女性に感謝状 紅綬褒章を授与
2013年10月4日 13時00分
 菅義偉官房長官は4日の記者会見で、横浜市緑区の踏切で男性を助けようとして死亡した村田奈津恵さん(40)に安倍晋三首相名の感謝状を贈ると発表した。人命救助した人が対象の紅綬褒章も授与する。遺族には銀杯を贈る。感謝状は菅氏が6日に遺族の元に届ける。
 また、警察庁は4日までに警察協力章を授与することを決めた。
 菅氏は感謝状授与に関し「村田さんの勇気ある行為をたたえ、弔意を表するためだ」と説明。「他人に関心を払わない風潮の中、自らの生命を顧みず、男性の救出に当たった。国民とともに胸に刻みたい」と強調した。

女性が踏み切り人を助け、電車にはねられて死亡した。何とも悲しく痛ましいことである。しかし、彼女は死ぬかも知れないと思いながら踏切に入っていったんだろうか・・・助けたいという一心以外に何も無かったのじゃないだろうか・・・勿論、英雄になろうとした訳ではないのは当然である。助けなくちゃ、という彼女の人に対する思いやりであり、優しさであり、人間性なのだろう。命を「捧げよう」と思っての行動ではないとだろうが、彼女の行動は賞賛すべき事であることは間違いはない。
それに対して、ソーリダイジンが感謝状を贈るというのだ。何かその前に発言すべき事が有るんじゃないのだろうか・・・何故この事故は起こってしまったのか、こういう事が起こらない鉄道システムはどうすべきなのか、社会のあり方どうすべきか、村田奈津恵さんの死を決して無駄にはしません、と言うべきなのではないだろうか。大体、踏切が立体になっていればこの事故は起きなかったはずだ。結果的に死を持って訴えた現実を、具体的にどう対策を立てるんだろうか・・・ソーリやカンシが言ったことが言いっぱなしではなく、本当に本気なのか見てみたいものだ・・・
勿論、紅綬褒章や銀杯を贈るのは大いに結構だが、本当に称えたい気持ちがあるならこんな物だけでよいのだろうか・・・オールスターの最優秀選手賞は賞金 300万円だし、敢闘選手賞は100万円である。命を掛けて人を助けたのに国として銀杯じゃお粗末すぎないか(何か慰労金が出ているかどうかは分かりませんが)・・・それともソーリからの銀杯だから同じ銀杯でも価値が違うとでも言うのだろうか・・・要するに他人のために命を捨てることが美しいことなんだ、という空気を作りたい為に利用したなんてことは無いでしょうね・・・勿論、無いと言うだろうけど・・・
70年前、多くの玉砕と称する全滅が起こった。しかし、その原因を、作戦の稚拙さを反省し、全滅させられないようにするためにはどうするかを考えず、お国の為に命を捧げたという賞賛だけを送った。その為、その後も多くの人達が死んで行く事に成った。最初の全滅が次の全滅をくい止める知恵が無かったのだ。挙げ句の果てに原爆の投下まで招いてしまった。

 ■批判封じる 空気怖い、精神科医・香山さん
 
事故の犠牲になった村田さんをたたえる安倍晋三首相の書状をどう見るのか。精神科医の香山リカさん(53)に聞いた。
 非常に違和感を覚えている。長嶋茂雄さんと松井秀喜さんの国民栄誉賞をはじめ、安倍首相はことさら光の当たる場面に登場しようとする。その延長で、今回はヒューマニズムの感動に自分の姿を刻もうとしている。
 パフォーマンスだとの批判も想定しているだろうが、その声を上げると「長嶋さんを認めないのか」「村田さんの死を非難するのか」という議論のすり替えで、逆に攻撃に遭う。微妙に、絶妙に批判しづらい対象を選んでいる。本来は短絡的な賛成反対では語れないことのはずなのに。
 深読みかもしれないが、自己犠牲を推奨し、誰かのために命を省みないことを全面肯定しているかのようだ。両親からすれば「生きてほしかった」と思っているだろうし、救助自体にも多様な意見があってしかるべきなのに、そういった議論を封じ込めてしまう。
 政府は本来、事故防止など現実的な方向を示すべきなのに、精神論に入っていこうとする。「こうあるべきだ」という規範を押し付けようとする空気が怖い。
 ご両親にしたって、悲しくてやりきれないだろうに、英雄視されることで、きちんと悲しめなくなるのではないか。それは戦争でわが子を失った親と同じ。死んでほしくなかったと言えない苦しみを与えてしまう。
 いまの社会は、いつ自分が少数派になるか分からないという不安感がある。そこに陥るとはい上がれないという恐怖から、多数派を見つけて、そこに属することで安心しようとする。そういう意味では「今はこれが正しい」というトレンドをつくり出すゲームの中で、社会を覆う不安感が政権運営に利用されてしまっているのかもしれない。

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Author:izena社長 前田誠一
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