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イチョウ*
1500年代コペルニクス、ケプラーが地動説を主張し、1616年と1633年のガリレオ宗教裁判で「それでも地球は回っている」は有名な話である。
天動説とは地球を中心にしてその周りを太陽を始め全ての星々が回っているという、言うなれば1日単位の宇宙観のことである。
地動説は地球が太陽の周りを1年365日で回っているという現在は当たり前の宇宙観である。
天動説とは知っての通り、俯瞰的に太陽系を見ることが出来なかった時代の自己中心的な捉え方であり、地動説は惑星の動きを観察測定することにより初めて科学的に知り得た事実である。
しかし、普段私たちは相変わらず太陽が東から上がって1日が始まり西に沈み、又日が昇るまでの24時間を、疑いもせず一つの基準にして物を見て考えている。07天動説地動説_+*
エネルギーが好きなように買って使えた今までは、そういう24時間単位の捉え方でも暖房設備の設計に於いて辻褄を合わすことが出来た。つまり寒い冬の1日に対して満足することが出来れば、それで設計は完了とされ、特別に問題にされるわけではなかった、というよりもそれが常識であった。しかし、温暖化が大問題になってしまった現在、従来のような24時間単位でエネルギーの使用量を決めるような設計の仕方で良いのだろうか。つまり冬の有る1日を想定をして熱負荷計算をし、暖房機器の性能を選定するような設計はこれからは成り立たないのではないかと思う。
温暖化の環境破壊から地球を守るためには、化石エネルギーから太陽エネルギーに移行させることが究極の目標である。
そうなると今までのような1日の想定だけによる設計(つまり化石エネルギーの使用を前提にした設計)では、冬中の暖房ということを満足させられなくなってしまう。残念ながら太陽エネルギーはその日その日の天候に左右されてしまう気ままなエネルギーであるからだ。
太陽の可視光エネルギー分を使う太陽電池を使って生活を考えて見ると良く分かる。発電量は季節の外気温度や日射の強さや天候により1年中めまぐるしく変化している。現在のように系統連係がされていれば勿論その日の不足分は電力会社が補充してくれるので、太陽電池を取り付けるに当たり、形状的な設計は多少有るにしても、エネルギー的な設計を特別配慮する必要がは無い。24時間単位の物の捉え方で何ら差し障りがないことになる。しかし、自立したエネルギーで生活を考えた場合は、この程度の太陽電池の捉え方ではどうしようもないことは自明である。電気が使えたり使えなかったりしたらとても生活にならないからだ。少なくとも1年間の全発電量の範囲以内で生活できるシステム及び住まいの構造など総合的な設計ができなければ設計したことにはならない。
これから温暖化から脱却するためには、365日、1年単位で全てのことを捉えて行かなければならないだろう。これには今までと全く逆の発想が必要になってくる。例えば、1日単位で考えると立ち上がりが早い、つまり熱容量は出来るだけ少ない方が良いとなるが、1年で考えると熱容量は出来るだけ大きい方が良いということになるのである。
天動説的とは今だけを考え、設備機器で対応することだけを考える発想であるが、地動説的とは先まで見通し、設備機器ではなく構造で対応する考え方と言える。
コペルニクスが地動説が唱えられてから500年近くになる。そろそろ我々も地動説的発想に転換しなければならない時期にきているのではないだろうか。

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