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昨年の暮、ちょっと用事がありプリウスで往復171Kmを走った。何とリッター27.8Kmだった(これがプリウスにとってどの程度のことなのか知らない)。出来るだけ他の車に迷惑を掛けないようにした上で、如何に燃費を良くするかを考えながら走るのは楽しい。カモメ
燃費節約(乗らないことが最大の節約)の運転の仕方で最も重要なことは、先の先まで読むことだと思う。このことはかなり安全運転にも関係があるのではないだろうか。ちょっと腹が立つことは、通過できると思っていた信号が直前で変わってしまうことである。大きな運動エネルギーを持っているのに、それをブレーキ熱で捨ててしまうのは何とももったいないと思ってしまう。緩やかな起伏のある道路でアクセルを切り、良い調子でバッテリーに充電しながら下り、さあこれから惰性で登ろうという時にブレーキを掛けなければならない時も心中穏やかではない。本当にエネルギーを損した気になるので、そういう場合は出来るだけ停止線を越えて止まるようなことまでしている。他の車との競争でなく、自分の先を見通す能力と格闘しているようで何とも面白い。梅の蕾これは今まで乗っていた車では味わうことが出来ない楽しさである。いい年をして、わざわざエンジン音を大きくして(幼稚園児がアクセルを踏んだって大きな音ぐらい出すことは出来る)乗っているアホがいまだに多いが、如何に静かに走るかのテクニックを練習する方が頭を使わなければならずよっぽど面白い。
いずれにしてもプリウスは今までとは全く違う次元の楽しい車であると感じている。
そのハイブリッド車というプリウスが、どういう経緯で開発されたのか、技術屋の端くれと思っている者に取っては非常に興味があった。誰が、いつ、どういう思想で開発の決断を下したのか・・・・
そのことについての概略が朝日新聞に載った。それによると、プリウスの誕生は90年代初め、当時会長だった豊田英二氏の「21世紀に提案できる車を作るべきではないか」という思いから始まったようだ。しかし、94年に担当者から出てきた案は「99年末までにガソリンエンジンの改良と、新型変速機の採用などで燃費を1.5倍にする」ということだった。だが経営陣は満足せず、ここで「燃費は2倍」という命令になった。2倍となるとエンジンの改良では間に合わず「新しいシステムを開発しなければならない」ということになり、ハイブリッドシステムに決まったようだ。
水の光94年当時は、20世紀中に燃料電池車の量産は出来ないということ判断してのことだったらしい。95年6月にプリウスの開発がスタートしたのだが、商品化時期は99年末から98年に1年間前倒しになった。しかしその後すぐに社長になった奥田氏が更に1年の前倒しを命令したため、97年12月の京都会議の会場にプリウスの試作車を持ち込むことが出来た、ということのようだ。
これを読むと経営者の未来を想像する能力と決断する力が如何に大切か良く分かる。どんな小さな企業でも、国でも全く同じであると思う。物事を決める立場の者の、未来を見つめる想像力が欠如していたり、貧困であったりすると要は時代に取り残されることになってしまう。記事の中に書いてあるように、もし燃費1.5倍で満足していたらプリウスは生まれなかっただろうし、環境でトップを走るトヨタは存在していなかったわけである。
未来を見つめるということは、変化を読み取ることであり、夢を持つことであり、自分を変えられる勇気を持っていることなのではないかと思う。

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