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0213

11日の休日に孫を連れて都立上野動物園に行って来た。久し振りである。最後に行ったのは、はっきり覚えていないが娘が小さかった頃なので多分30年近くになるだろう。私が初めて行ったのは小学一年生(昭和25年)の遠足だった。今から58年前になる。今はなき「お猿の電車」があったと思う。そんな懐かしいはずの上野動物園なのだが、何しろ面白くなかった。泡
動物園だから檻や柵に入れられているのが当たり前なんだろうけど、動物たちの目に覇気がないように感じられたし、何とも不自然であるように思えた。今回初めて実物のパンダを見たが、テレビで数えられないほど見ているためか特別感じるものもなかった。孫も「もう見たよ、ライオン見に行こう!」と素っ気ない。
現在、檻の中にいる動物だけを子供達に見せることにどんな教育的価値があるんだろうか、どんな意味があるんだろうかと考えてしまった。動物の見せ方に於いて58年前の昭和25年と基本的には何も変わっていない。テレビや他の娯楽がなかった時代はそれなりに価値はあったのだろうけど、今は全く時代が違うはずだ。理科離れが激しいという理由に動物園のあり方も関係するんじゃないかと勘ぐりたくなってしまった。
新芽孫は全部見ないうちに「もう出よう!」と言い出した。「これなぁに」「どうしてなの」とあらゆる事に興味を示す4才3ヶ月の孫が面白がらないのはどうしてなんだろうか。人が多かったこともあったのだろうが、何かもっと違う原因があるのではないかと感じた。
今の子供達は大自然の中で生き生きと走り回り飛び回る動物や鳥たち魚たちをテレビの中で見慣れているが、檻の中の動物をいくら見ても彼らが生きていた自然環境は何も感じることが出来ない。しかし、本来はそれを知ることが大切なんじゃないだろうか。今時それが解らない展示が本当に意味があるんだろうか。自然の一部である動物だけを見てもしょうがないんじゃないだろうか。
「不都合な真実」は映画であるが、環境が破壊されていく厳しい現実がひしひしと伝わってきた。最後のテロップが完全に終わるまで誰もが立たなかったほどショックを受けた。多分檻や柵に入れられた覇気のない動物たちを見るよりも、自然全体が見られる画面の方が子供達には明らかに理解しやすいのではないだろうか(生きた動物がいらないと言っているんではなく、画像を含めてもっと何か見せ方の工夫が必要じゃないかと思っている)。
以前にやはり孫と多分科学博物館だったと思ったが、魚の標本が数多く展示してあり、何だか意味が分からなかった。これでは何の現実も子供達に伝えることは出来ないんじゃないかと思った。水族館の方がよっぽど見ていて楽しいし、何しろきれいだ。先ずは子供達の興味を引かなければ何事も始まらないと思う。水滴特に現代は50年前と大きく違い、温暖化により環境破壊が加速している状況にある。そんな中で動物園も博物館も変わらなければその存在価値が無くなっちゃうんじゃないだろうか。情報ネットワークの社会、高画質大画面で見られる社会である。100年一日のようでは子供達に通用しないんではないだろうか。子供達に知らせなければいけないのは、自然の中から切り取った一部にしか過ぎない動物ではなく、自然環境システムの中の動物達ではないだろうか。動物園はあの様にしかできないではなく、時代の必要性に沿ったもっと根本的な発想の転換が必要なのだと思う。
温暖化という価値基準を180度逆転しなければならない時代なのだから、動物園もその存在価値変えて行くべきではないだろうか。小さい子供達が初めて動物を見る動物園は至って重要な存在であるはずだ。これからは単に生きている動物を見せればよいわけではないだろうと思う。
それとちょっと論旨からはずれるが、園内の案内パンフレットの分かり難いことったらなかった。こういう物は単なるデザインの遊びではなく、解りやすいということで作るべきである。余計な物を出さないという配慮なのかもしれないが、まともな案内標識も無く何だかスムーズではなかった。


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