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3月24日発熱する東京という記事を読んだ。ピーク時には首都圏だけでイギリスやイタリア1国分に相当する電力を使う、ということにはかなりびっくりした。まさに「うっそ~!」である。東京は地球上のどこよりも発熱が著しく、この100年間で3度も上昇したそうだ。ちなみにニューヨークは1.6度の上昇だというのは持っているイメージからするとちょっと意外な感じがした。白329

都心に出ると、相変わらず総ガラス張りの高層ビルが立ち続けている。ということがこういう結果に結びつくのだろう。勿論ビルだけではないが、エネルギーの集中度、つまりCO2の発生密度から見ると象徴的な存在である。
新しく出来た高層ビルを見る度に、何時でも不思議に思っていた。何故ここまでCO2による温暖化の問題が叫ばれているのに、見るからにエネルギー消費の多そうな建物が造られていくんだろうと・・・・。
何を考えてこういう物を造ってゆくのか全く理解できない。多分、京都議定書のことはご存じないのだろうか。CO2が加速度的に上昇しているグラフは見たことがないのだろうか、永久凍土が永久でなく成りつつある現実を映し出している番組を見たことがないのだろうか、と思ってしまう。
あの総ガラス張りとCO2を削減しなければならないこととどう関係しているんだろうか。総ガラス張りはどんな効果があるんだろうか。環境との共存に於いてどんな効果があるんだろう。
赤椿何度も言うように、CO2を大量に排出すればするほど、そういうシステムほど進化していると言われた時代は、少なくても考え方の上に於いてはもうとっくに終わってしまった。このことは既にかなりの人達に認知されているだろう。未来を考える上に於いては、CO2を出さなければ出さないほど進化であるという180度反対の価値観にもうとっくに逆転していると思う。
今、造っている物は当然10年や20年で使用不能にする物ではない。だとするとどんな未来になると思って今の形を考えたのだろうか。
冬でも冷房機能の必要な建物がどうして至って当たり前にいまだに造られているんだろうか。外が寒いのにそれすら利用できない、ということが常識であるのはおかしいのではないか。
高層ビルというのはエネルギー密度を必要なだけ上げられる石油があったからこそ存在することが出来るのだ。
都市文明の象徴である高層ビル群もCO2の排出を前提にしてこそ存在できるのであり、そうの前提が崩れれば当然その存在価値は全くなくなるだろう。
よく未来都市をイメージした絵が出てくる。判で押したように超高層ビル群が乱立している。石油が消費できなくなっても今のような高密度エネルギー消費都市が本当に存在できるのだろうか・・・・
今の時代はイージス艦が小さな漁船に気づき、ブレーキをかけ始めた状態に似ている。勿論大きな慣性力のため直ぐに停止することはできない。
停止するまでの間に漁船は破壊され、停止した時は無惨な残骸しか残っていない。
CO2の排出が非常に大きな問題になるだろう事に気が付き、ブレーキをかけ始めようとしているのがこの何年かである。
黄色329しかし、人間の精神の動きは莫大な惰性力を持っているため、簡単に「今まで」を止めることができない。
つまり気が付いたら即決してUターンをすることが出来ない。
その鈍さが相変わらず同じようなエネルギーを大量に消費する高層ビルを造っているのではないだろうか。それが更に東京の温度を上げるのではないだろうか。
もうそろそろ、高層ビルを設計する時はそこのスペースでどれだけの太陽エネルギーが取得するのかをシミュレーションしてみるべきである。そして、今まで通り好きなだけ石油エネルギーを使った場合と比較してみたらどうだろうか。
脱石油社会が来たときそのビルが生き残るためには、取得太陽エネルギーとの倍率をどの位にしておけばいいか、ということももうそろそろ検討しておくべきではないのか。そういうセンスぐらいはもう持ち合わせても良いと思うのだが・・・・

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