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4月1日から京都議定書の6%削減の実行がいよいよスタートした。
現在バンコックでは温暖化対策の次期枠組みに関する作業部会が始まっている。5年後の次の削減値を決める為の会議だ。世界の動きもそれなりにだんだん切羽詰まった動きになってきた事を感じさせられる。菜の花43
だが相変わらず先進国と途上国の言い分に大きな隔たりがある。温暖化の問題に限り反目し合うことは誰の得にも成らないはずなのに、いまだに大きく進展させることが出来ないで居る。
しかし、両者の主張する心情も理解できる。先進国は今まであらゆる手段を使ってせっかく獲得してきた生活レベルを変えたくはないし、途上国は先進国が手放そうとしない生活レベルを手に入れてみたいからだ。つまり両者とも今までのような有り様が社会の発展だとするならば、温暖化対策を実行することは後ろ向きとも取れる方向に舵を切らなければならないと感じてしまからだろう。
桜243しかし、今のように国単位だけで温暖化対策を考えて良いのかどうか疑問である。少し大雑把すぎるのではないだろうか。同じ国の中でも地域や場所によって対策が異なると思う。
温暖化を克服するための最も必要なことの一つに「せっかく心」の排除ということがあると思う。「せっかく心」とは「せっかく何々をしたのに・・・・」という未練がましい心の有り様をいう(イゼナ造語)。人間は至って未練がましい心情を持った存在である。これが温暖化に対しての最大の元凶である。せっかく大型車を買ったのに、せっかく車で旅行に行けるようになったのに、せっかく勝手に何でもできる自由を手に入れたのに、せっかく手に入れた権威なのに、せっかく手に入れた既得権なのに、せっかく確立した価値基準なのに・・・・みんな、せっかく、せっかく、せっかくのオンパレードである。それらはいずれも至って当たり前に思われていることだ。それらの全ては石油が有ったからこそ得られたことに他ならないのだ。石油を加速度的に消費していったからこそできたことなのだ。CO2の排出を無視してきたからこそ成り立ったことなのである。所詮、本質的な自由ではなかったのではないだろうか。それを勘違いしていたに過ぎなかったのではないだろうか。
「せっかく心」が出て来るのも人間であれば至って自然なことであるのだが、もうそんな悠長なことも言っていっていられない状況に突入してしまったったと思う。
せっかく手に入れた数々の価値基準は所詮我々の為だけの物に過ぎず、子供や孫達に引き継がせる様な代物ではなかったのだと思う。桜43

「せっかく」の中にも、せっかくこの世に命を受け生まれてきたのに、むざむざその命を放棄せざるを得ない人達が人類の歴史の中でどれだけ居たことか、歴史とはそれの積み重ねのような気もする。未練など考えている暇もなく理不尽にも「せっかくの命」を落とした人のことを考えれば、温暖化対策の為の「せっかく心」など取るに足らないことであると思う。何故なら、価値観を逆転させたからといって命まで取られるわけではないからである。ささやかな未練心さえ押さえ込めば済むことだからだ。今まで獲得した既成概念を日々汲々としてその維持することを考えるよりも、新しいことに向かうために頭を使う方が至って建設的な人生であるし、どれだけ楽しいか知れないと思う。また、一度の人生の中でCO2を多量に排出する社会形態と、排出しない社会形態の二つを体験できるとは何とも運の良いことではないだろうか。
狭い日本の変革であった明治維新どころではなく、文明維新、地球維新に今我々は遭遇しているのである。そう思えばとても楽しいことではないだろうか。そんな中に参加して新しい価値観を作り上げて行くなんて、何とも楽しいことであると思う。
未来社会の人達は、今のこの時代の人達がどうやって新しい文明を獲得していったのか非常に興味を持つだろう。多分非常に凄いことをしたのだと思うだろう。
温暖化の解決は結局は我々一人一人の「せっかく心」と「未練病」の克服しかないのだろう、と常々自分に言い聞かせている。



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