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講談社新書「生物と無生物のあいだ」福岡伸一著を読んだ。
生命とは何か、そして生物とは何なのかは、己を知る上でも常に突き詰めなければならないテーマである。1飛んでいるこの本を読むことにより「生命とは何か」について今までの全てのイメージを覆す衝撃を受けた。
勿論、研究者でない自分には自分が持っている程度の知識の中で理解できる範囲でしかイメージすることは出来ない。
今、読み終えたばかりであり、まだ、全てを咀嚼し、自身の言葉で表すまでには至っていない。
その為、「なるほど」と感じた記述を、そのまま紹介することにする。何はともあれ、ご自身での一読をお勧めする。
生命とは何か?それは自己複製を行うシステムである。
”生命というあり方は、パーツが張り合わされて作られるプラモデルのようなアナロジーでは説明不可能な重要な特性が存在している。つまり私たち生命体の身体はプラモデルのような静的なパーツから成り立っている分子機械ではなく、パーツ自体のダイナミックな流れの中に成り立っている。”
生命体である我々の身体がこれほど大きい理由についても述べている。
”生命現象ももすべて物理の法則に帰順する物であれば、生命を構成する原子もまた絶え間のないランダムな熱運動(ここに挙げたブラウン運動や拡散)から免れることはできない。つまり細胞の内部は常に揺れ動いていることになる。それにもかかわらず、生命は秩序を構築している。
1紫小花その大前提として、”われわれの身体は原子に比べてずっと大きくなければならない”というのである。それは、すべての秩序有る現象は、膨大な数の原子(原子からなる分子)が、一緒になって行動する場合にはじめて、その「平均」的なふるまいとして顕在化するからである。原子の「平均」的ふるないは、統計学的な法則に従う。
そしてその法則の精度は、関係する原子の数が増せば増すほど増大する。
ランダムの中から秩序が立ち上がるというのは、実にこのようにして集団の中である一定の傾向を示す原子の平均的な頻度として起こることなのである”。
人間がなぜ人間の大きさなのか不思議だったが、これでなんとなく、成るほどと思えた。
”しかし私は、現存する生物の特性、特に形態の特徴のすべてに進化論的原理、つまり自然淘汰の結果、ランダムな変異が選抜されたと考えることは、生命の多様性をあまりに単純化する思考であり、大いなる危惧を感じる。むしろ生物の形態形成には、一定の物理的な枠組み、物理的な制約があり、それにしたがって構築された必然の結果と考えたほうがよい局面がたくさんあると思える”。
今の分子生物学から見た進化と、「進化論」がどういう関係にあるのかはとても興味あるテーマである。進化論だけでは説明の付かないことも、分子生物学から見れば簡単に説明の付くことが多いのかも知れない。
「生命はなぜ動的な秩序を維持できるのか」について、”つまり生命は「現に存在する秩序がその秩序自身を維持していく能力と秩序有る現象を新たに生み出す能力をもっている」ということになる”。とのべている。
1白赤花また、シュレーディンガーの予言として、”生命には、これまで物理学が知っていた統計学的な法則とはまったく別の原理が存在しているに違いない。その仕組みは、しかし、エンテレキー(生命力)といった非物理学的な、超自然的なものではない。それはわれわれがまだ知らない新しい「仕掛け」であるが、それもまたわかってみれば物理学的な原理にしたがう物であるはずだ”。
学生時代悩まされたシュレーディンガ一の波動方程式、のシュレーディンガ一が生命のことまで考えていたとは、天才は全ての面で何時でも天才なのかも知れない。
更にシュレーディンガ一は言っている。
”生きている生命は絶えずエントロピーを増大させつつある。つまり、死の状態を意味するエントロピー最大という危険な状態に近づいていく傾向がある。生物がこのような状態に陥らないようにする、すなわち生き続けていくための唯一の方法は、周囲の環境から負のエントロピー=秩序を取り入れることである。実際、生物は常に負のエントロピーを”食べる”ことによって生きている”。

次回に続く

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