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また、生命について、砂で出来た城の例で、とても分かりやすく説明されている。
風や波により常に砂粒が削り取られているのに、目には見えない小さな海の精霊達が休むことなく、崩れた砂の修復をしているという比喩である。2トンボいつ見ても城はそのままの城として変わらないのだが、ある時間が経てばそのその城を構成している砂は全て入れ替わっている、ということである。
つまり、ここにあるのは実体としての城ではなく、流れが作り出した「効果」としてそこにあるように見えているだけの動的な何かなのだ、と言っている。
勿論、城を構成している砂粒とは、水素、炭素、酸素、窒素などの主要元素のことである。”生命とは要素が集合してできた構成物ではなく、要素の流れがもたらすところの効果なのである”。何と明快な説明であろうか。
この部分だけ読んでも、我々生命が宇宙の一部であるということが、理解できたような錯覚さえおぼえるようだ。
また、シェーンハイマーは物質が常に通り過ぎてゆく表現について、そこには「通り過ぎる」べき入れ物があるわけではなく、ここで入れ物と呼んでいるもの自体を、通り過ぎつつある物質が、一時、形作っているに過ぎない、つまりここにある物は、流れそのものでしかない、と言っている。
私達は臓器や骨や歯などは固定的な構造物と思っているが、実は、絶え間ない分解と合成が繰り返されているのだ。
2蝶”私たち生命体は、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかない。しかも、それは高速で入れ替わっている。この流れ自体が「生きている」ということであり、常に分子を外部から与えないと、出ていく分子との収支が合わなくなる”。
シェーンハイマーは述べている。”生物が生きているかぎり、栄養学的とは無関係に、生体高分子も低分子代謝物質もともに変化してやまない。生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である”。
”秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない”。
”生命とは動的平衡にある流れである”。
「うぅーん」と唸ってしまい、「なるほど!」と納得するしかない。特に「ゆるい淀み」とは全く自分自身のこの世に存在している概念を根本から覆すものである。
私達は身体を構成している全ての物を「部品」とみなしていることが多い。臓器移植などはその典型的な例である。近年のロボットのめざましい進化はますますそのようなイメージを作り上げていくような気がする。2雲
しかし、生命はそうではない、と言っている。”機械には時間がない。原理的にはどの部分からでも作ることができ、完成した後からでも部品を抜き取り、交換することができる。
そこには二度とやり直すことのできない一回性というものがない。
機械の内部には、折りたたまれて開くことのできない時間というものがない。
生物には時間がある。その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度、折りたたんだら二度と解くことのできないものとして生物はある。
生命とはどのようなものかと問われれば、そう答えることができる”。
「輪廻転生」という言葉がある。人が生まれては死に、死んではまた、生まれ変わることである。
この本を読み終わってみると「輪廻転生」とも違う感じがする。
人間(生命)は小さな点の集まりである液晶パネルの上に作り出された像なのかもしれない。
その画面上にはあたかも人間がいるかのように見えるが実体はない。
その人間が動いているため、一つ一つの点の役割が固定されているわけではない。
勿論、一つ一つの点は宇宙に分布する原子である。
当然だが、生命とはいたって宇宙的な物理現象と言えるのだろう。



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