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外でトイレにはいると相変わらず手ふきペーパーやエアタオルが取り付けてあることに出っくわす。
それらは経済発展と過剰サービスの申し子としていわば常識化している。
しかし、今時こんな物が常識化されていていいのだろうかといつも思ってしまう。
たかがたった一枚のハンカチをポケットから出せばすむことである。
1122紅葉それをわざわざ手を拭くためだけで捨てる紙を置いておいたり、電気エネルギーでヒーターを発熱させ、モーターで風を起こし手の水気を飛ばすなんていうのは至っておかしいと思う。
まあ、いずれもサービスのつもりなんだろうが、そんなことがどうしてサービスといえるんだろうか。
サービスと言うより、単なるエネルギーの浪費に過ぎないし、同時に、社会のモラル破壊やマナー衰退を生み出す原点の一つになるように思う。
また、これらの物は衛生的という観点から見ても、きれいな自分のハンカチと比べて、特別その存在価値があるわけではない。
もしそれを考えるなら、自動水栓や入り口のドアを全自動にすべきことが先だろう(またはドアを無くすべきだろう)。
いずれにしても出る時にドアの取っ手に触るのは余り良い気分ではないし、洗うべき手で触った蛇口のレバーをまた触って閉めるのは何とも矛盾した操作である。
手ふきペーパーやエアタオルを使うことは、どう考えても単なるエネルギーと資源の浪費(手ふきペーパーは再生紙だろうが、軽く捨て去る精神が全ての浪費を生む)としか思えない。
1122赤葉エネルギーがいくらでも金で買える時代の価値基準を引きずっている無駄遣いである。
手ふきペーパーは一枚でいいのに(本当はゼロ枚)自分の腹が痛まないからだろう、いっぺんに二枚も三枚も使う人がいる。
ただとなると必要以上に浪費する行動は何とも浅ましく、みっともない。
手ふきペーパーの使い方を見ていると人間の素性がよく見えてくる。
エアタオルで時間を掛けてじっくり乾かしている人も見かける。エネルギーの無駄使いもさることながら、だいいち音がうるさい。
ハンケチ一枚をポケットから出すだけで済むことなのに何とももったいないことだと思う。
まして手ふきペーパーやエアタオルを使ったところで、特別自分が人間として進化できるわけでもない。
今は、近年(エネルギーが金でいくらでも買える時代)常識化したことを、全てもう一度見直すべき時代である。
ハンカチを持つことは社会人としてのマナーの原点の一つであるし、身だしなみの一つであるはずだ。
そういう少し前の古くさい常識をもう一度きちんと再認識すべきである。
浪費する事が贅沢感などという時代はなんとしても終わらせるべきだと思う。
そんな感じを味わっている内に、それを支えている地球環境が破壊されてしまっては、まさに元も子もなくなってしまう。
ハンカチを自分のポケットから出さないで済ますことは、贅沢などということでなく単に「軽薄」に過ぎないということだと思う。
おみくじ手ふきペーパーもエアタオルも単に商売のために思いついた物に過ぎないのだろう。
先のことを考えず自分の都合の良いように考えて、思いついたことで行動するのが人間である。
そのことの繰り返しが社会の進化も生み出したのであろうが、それがまたCO2問題、温暖化問題、資源問題、環境破壊の問題、等々切りが無いほどの問題も生み出してきた。
これらは全て手ふきペーパーやエアタオルを作り出した動機とそれを使う心が作り出したものであると思う。
環境、資源のこと、未来のことを無視し、自分の商売のために今だけしか見ない発想がもたらしたものである。
環境、資源、未来を無視したサービスなど本来はあり得ないことである。
こういう行動をとるということは人間の人間たる証の一つなのであろうが、もうそろそろ未来を見つめる意志を持って、その証を変えるべきではないのだろうか。
意志を持って自分を変えられるのもまた人間の大きな証と思うのだが・・・・



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