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京都会議により2008~2012年までの期間中に、温室効果ガス6種の合計排出量を1990年に比べて日本は6%削減するという京都議定書が作られた。
しかし、ただそういう文字が躍っていてもピンとこないし、第一この数字だけでは普段の生活の中でどれだけ減らせばよいかさっぱり分からない。
1127モミジその為、京都議定書の約束を達成するためにはどのくらいの努力が必要なのか、全てを車の走行距離に置き換えた場合と、石油電力使用量に置き換えた場合を計算してみた。
日本の1990年の排出量は11億4400万トンであり、1人あたりは約9.3トンである。
2006年は13億4000万トンであり、1人あたりは約11.2トンとなった。
京都議定書を実行するとすれば、11億4400万トンの6%にあたる6864万トンを削減した約10億7500万トン、1人あたり8.7トンにしなければならない(日本はこの排出量範囲で生活するということ)。
しかし、減るどころか2006年は13億4000万トンに成り、その差は2億6500万トンに成ってしまった。
1人あたりに直すと11.2トンー8.7トンでに、その差は2.5トン=2500Kg以上のCO2を一年間で減らさなければならない(直接、間接排出量を含む)。
この数値を車の排気ガスで換算すると、例えばリッター10Kmだとすると1Kmあたり0.231KgのCO2が排出される。
そうすると2500KgのCO2分は10800Km分相当になる。つまり車の走行距離だけで京都議定書を達成するには、一年間で10800Kmを倹約しなければならない。普通の家庭で言えばほとんど車に乗れないことになる。
1127サザンカ電力で検討すると、何の燃料で発電したかによって違ってくるのだが、例えば石油火力で発電した場合は1Kwhで約742gのCO2が排出される。
これで計算してみると約3300Kwh分を一年間で削減する必要になる。普通の家庭でいえばほとんど電力が使えないということになってしまう。
この車の例は1億2000万人全員が車を持っていて10800Km分の走行を削減するということである。電力の場合は同じように乳幼児から寝たきりの老人まで含めた1億2000万人全員が3300Kwh分を一年間でカットするということであるから厳しい数値である。
しかし、もしこれだけの量を削減できたとしても、CO2が減るわけではなく、温暖化が先送りされたに過ぎないのだから事は何ともたいへんなことである。
世の中ではいとも軽々しく「ー6%」などと言っているが、こういう数字の現実をもう少し理解すべきだろう。
京都議定書の約束を守ると言うことは1億2000万人全員がほとんど車に乗れないことであり、ほとんど電力を使えないことと同じなのだ。それくらい削減する必要がある(但し、現実には車に乗れないわけではないし、電力が使えなくなるわけではない)。
そうしなければCO2の排出量を10億7500万トンにすることなどはできない。
「ー6%」は単なる流行語調子でカタログに載せたり、ホームページに書き込んだりすべき言葉ではないのだ。
個人の生活の中でCO2を削減する方法は、勿論以前からいろいろなことが言われ実行されているが、実は「ー6%」とどう結びつくのか実感としてよく分かっていないのだと思う。
京都議定書を遵守するためには、生活における明確な目標値ぐらいははっきりさせる必要があるだろう(少なくとも生活の暖冷房、給湯のエネルギー消費量ぐらいは明確にすべきでは無かろうか)。
そうじゃないと本気でCO2を削減しようなどという動きにはならない。
1127紅葉1850年以降増加傾向を示している大気中のCO2量は1950年前後からは、指数関数的な急速な伸びになっている。にもかかわらず、個人のレベルから見ていると、その実感をつかむことは難しい。
大気中のCO2量がいくら増えても空の色が変わるわけではないからだ。CO2の増加グラフを見て想像力を働かせるしかないのだ。
いずれにしても、「ー6%」を実感して実行に結びつけるのは難しいことである。
本当は、何%減らせば地球環境にダメージを与えず、これからも快適な生活が継続できるのかよく分からない。
それならいっそのこと排出量の目標値をゼロにすればよいのではないだろうか。
ゼロを目指すというのは、つまり太陽エネルギーに頼る新しい文明に作り直そうよ、と言うことである(そうすれば莫大な新しいビジネスチャンスが生まれる)。
あーでもない、こーでもないとつまらない議論をしている内に時機を逸してしまっては元も子もない。
たとえ、CO2が激増しても大した温暖化にならなかったとしても、つまり予想が外れても、CO2が充満した自然より、そうでない環境の方が住まいやすいことは間違いないだろう。
第一、化石エネルギーが枯渇したとき、太陽エネルギーに頼らない文明を探してみても見つからないだろう。
地球環境のバランスが崩れることがどういう事なのか私たちは未だに経験したことがない。
その為、大部分の人はそれを想像することもできないし、自分の生活がどうなるのか考えることもできないでいるのだろ。
それならいっそのことCO2ゼロを目指すことが手っ取り早いのではないだろうか。


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