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これから私の家に関わる履歴を振り返りながら、家、住まいについて書いてみたいと思う。
その前に、何故、これからの家の在り方について書くのか、自分の経験を書いてみたい。
222犬スグリ
今、ご存知な様に地球環境が変わろうとしている。今まで私たちが享受してきた自然環境を子供や孫に残せそうもないことが明確に成ってきた。特に孫が二十歳に成った時、どんな環境が彼らに襲いかかるのか心配でならない。
温暖化の原因は、人類一人一人の生活向上心にあるのだが、それそのものが悪いわけではない。快適さを満足させるためにの熱エネルギーを化石燃料から取り出すことが原因である。たまたま、地球に石炭石油などが有ったため、私達が使ってしまったことが温暖化を招いてしまったのである。そのことが明確になったのが現在である。
その時代にあって家を建てるとはどう有らねばならないのか、私達は今まで経験したことがない新しい条件を突きつけられることになった。
私達はエネルギーを買わないで一時たりとも生活することは出来ない。その絶対必要なエネルギーというものは、いつでも好きなだけ買うことが出来る物として、社会の在り方全てを構築してきた。そしてそのことが結局温暖化を招くことになった。
それを解決するためには、今買っているエネルギーを使わないようにするしかない。しかし、私達はエネルギー無しでは居られない。となると、どこからかエネルギーを持ってくるしかない。原子力エネルギーに頼ることは核廃棄物の無害化方法が確立していない現在、大きな問題がある。
222ホトケ
現在、すぐにでも使えるのは太陽エネルギーしかないことになる。太陽エネルギーは無尽蔵のエネルギーであるが、大量に集中して取り出せるエネルギーではない。そこが化石エネルギーと非常に違うところであり、化石エネルギーに浸かりきった発想では通用しない。
価値観の大きな転換である。今までやってきた全てが否定されかねない時代なのだと思う。そういう時代の中で家を建てるということが、どういう事なのか考えてみたいと思う。
床暖房の仕事に携わってから三十年になる。建築の勉強をしたわけではなく、建築業界で仕事をしたいと特別思ったわけではない。
カメラメーカーで開発の仕事をしていては独立が出来ないと思っている時に、たまたま床暖房に仕事に巡り会った。
当時、商品開発の仕事をしていたのだが、このままでは独立できないと感じていた。独立して生き残るためには、営業、つまり商品を売ることが出来なければ独立など単なる夢に終わってしまうと感じていた。独立して自分で仕事をすることは学生時代からの夢であったが、サラリーマン生活が十年に成ろうとしているのに、その切っ掛けが中々掴めないで居た。そんなとき知人が経営する商社から、床暖房についての相談を受けた。これが床暖房との運命的な出会いである。その床暖房が古河電工のサンサニー電気床暖房パネルだった。
早速自宅に自分で取り付けてみた。これで営業を勉強してみようと思った。そこから床暖房の人生が始まることになった。
床暖房の仕事で営業を覚え、それから独立しようと思った。自分の理念に基づいた自分の商品を独自に開発して、それで生きて行く人生を選んでみたかった。
しかし、思い通り独立できたのは七年後の四十二才の夏だった。
222クロ
初めて家という物を意識したのは家族で我孫子に引っ越した時になるだろう。十九才の時である。勿論、父が計画したのだが、父の兄が建築家であったためほとんど設計を任せたのだと思う。昭和三十九年(1964年)のことである。屋根の色はグリーンがいい、自室の壁はブラウンのクロスがいい、などと言ったことを憶えている(余りにもお粗末である)。
それが初めて新築と関わった経験である。それまで畳とちゃぶ台の生活がテーブルと椅子になった。テーブルと言っても、それまでのちゃぶ台の足が長くなっただけのような小さなテーブルだった。それでも何だか新しい文化生活が獲得できたような気がしてとても嬉しかったことを憶えている。誰かが来た時のためにとテーブルに取り付けられる補助台を手作りした。しかし、今考えると余りにもちゃちな物であった。当時は下水が設備が無かったため、時々下水吸い込み用の穴も掘った。今思い出すと懐かしいが、2m余りの深さの穴を掘るのは大変だった。それが新築に住んだ最初の経験である。
それから七年後の昭和四十六年(1971年)に初めて自分の家を建てることになった。
結婚して一年目の二十七才の暮れだった。勿論、七年前と同じように住宅に関しては全くの素人であったため、多くの失敗をし、多くを学ぶ羽目になった。
当時、私はT社でマイクロモーターの新しい部品開発のために貴金属合金シートとエポキシ板を接着する研究をしていた。接着という技術については全く知らなかったので、先ずはあらゆる接着技術について調べてみた。接着というと糊とか、精々セメダインぐらいしか知らなかった私にとって、接着剤とその応用技術の進化に目を見張った。接着剤に出来ないことは無いんじゃないかとすら思ったほどだった。なまじっか物理を専攻していたため、また若気の至りで根拠のない自信を持っていたため、技術屋づらをして、あらゆる事の原理が分かると勘違いしていた。そしてその高慢さ故にその後当然大きなしっぺ返しを食うことになり、数々の反省をさせられることになった。
しかし、それが私の今に大いに貢献してくれたことは間違いない。

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