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2日から4日まで二泊三日で、このところ前田家の正月恒例行事になっている、旧東海道トレンクルの旅に行ってきた。
勿論トレンクルは例の如く手作り輪行箱に入れ、12月30日に愛知県の牛田宅急便センタ止めにして送った。荷物は家まで取りに来てもらうため何も手が掛からない。一部荷物を持って出発すれば済むので、楽な自転車の旅が出来る。誰でもが簡単にできるので是非チャレンジしてほしい。民家

今回は知立市の名鉄牛田駅に近くの牛田交差点からの出発である。ここまでで日本橋からおおよそ320Kmぐらいであり、近江草津から京都三条大橋までは既に走っているので、合計で350Kmぐらい旧東海道を走ったことになる。今回の走った距離は118Kmであったが、道を間違えたり、あっちこっちに寄っている為の距離である。本来の東海道の距離は100Kmぐらいだろう。
ボケ江戸時代の東海道は熱田の宮宿から桑名へは七里の渡しがあった。つまり、この間はいわゆる東海道は陸の上には無く、海の上なのだ。これが東海道の正式ルートなのだが、海が荒れたり、船酔いをする人が通るための佐屋街道という脇街道があった。この道は特に1615年の大阪夏の陣の際に徳川家康が通って知られるようになり、正式に整備されたのは三代将軍家光の時だったようだ。但し、佐屋街道も全てが陸路ではなく、佐屋(現在の名鉄佐屋駅近く)から桑名までは渡しを使わなければなかった。その間三里と言われた。その為、佐屋街道そのものは忠実に辿れるが、その先桑名までは歴史の道とは何も関係なくなってしまう。木曽川の尾張大橋を渡り、あの河口堰を左に見ながら長良川を、すぐ続いて揖斐川を渡るルートを通った。これらの川を渡ってみると、当時の技術では橋を架けるわけにもゆかず、どうしても渡しに頼らざるを得なかったんだろう。
現在の佐屋街道は大部分が名古屋市街を通っているため、家並みの景色に江戸時代の面影はほとんど無い。
それに比べて、旧東海道は500Kmと長く、大きな市街地でない場所も数多く通るので、まだ時代の雰囲気を味わうことができる。
関宿今回のハイライトの一つは桶狭間古戦場である。若い頃、何も無いだろうと思いつつも、期待しながら行った一乗寺下り松にがっくりしたことを憶えている。
桶狭間も同様だろうと思っていっていたが、案の定、当然だが面影はない。まあ、歴史上の夢のある場所は地図上で想像していることの方が花である。しかし、1560年、今から450年前に今川義元と織田信長がこの地に立っていたのかと思うと、ちょっとは感動的でもあった。
もう一つの見所は関宿の家並みである。電信柱のない家並みは、ここに住む人達の努力が感じられ江戸時代の風情を醸し出していた。自転車でゆっくり通過しながら堪能し、自転車を送り返してから、最後に今度はぶらぶらと歩いて駅まで行った。
松並木これで、旧東海道の旅も関宿から鈴鹿峠を越えて近江草津まで50Kmちょっとぐらいになった。出来れば今年中に鈴鹿峠を超えて完結させたいと思っている。寿命の尽きないうちに済ませておかないと未完成になり悔いが残る。
旧東海道の旅はまさに地図読みの旅である。いくら自転車とは言え間違えて戻ってくるのはしゃくである。特に市街地に入ると、どうしてこんな曲がり方をしているのか不思議になる所が多い。勿論、遊びで曲げた訳では無く理由がちゃんとあるのだと思うが、通っている限りではほとんど理由を見つけることは出来ない。

今回の宿は、一泊目は名古屋金山のホテルグランコート名古屋、二日目は四日市のロワジールホテル四日市に泊まった。
ホテルグランコート名古屋はかなり申し分なかった。清潔感は有るし、セミダブルのツイン部屋は広いし、夜景は良いし、従業員の笑顔も、気の使い方も、朝食のバイキングも良かった。トレンクルは折りたたんでクロークで預かってくれた。二人で23,000円は満足。
ロワジールホテル四日市もTVのあるリビングとダブルベットツインのベッドルームの二部屋にトイレも二つある更に広い部屋だった。トレンクルは折りたたんで部屋に持ち込んだ。勿論、朝食が付いていて、20,000円はまあまあであった。木曽川
江戸時代を忍ぶ旧東海道の旅にこういうホテルは似合わないが、ゆっくり休もうと思うと、年の勢だろう、やはい無難なシティーホテルを選んでしまう。今回のコースのように目立った観光地が無い所は、これはと思う旅館や民宿がほとんど探せなかったこともある。

最後に、走る度に常に感じるのでひつこく書いておく。
旧東海道は所々で1号線と一緒になっており、現在の旧道はほとんど裏道的な存在である。つまり交通量が少なく静かな住宅街などが多い。そんな所をノンビリ走っていて国道1号線に出た時の騒音は何とも絶えがたい。どうしてこんなに騒音を出す権利があるんだろうかと思ってしまう。どうしてこんなに騒音を出さなければ走れない車しか作れないのだろうか、と思ってしまう。夜景
勿論、プリウスとは言えども自分も騒音をまき散らしている身ではあるのだが・・・これから車にはタイヤと舗装の仕方の開発は欠かせないだろう。初めっから車メーカーが車だけを開発していて、自分自身の出すエンジンの騒音だけを考えていたのは思慮が足らなかったと思う。
電気自動車が普及すればするほど、走行時の騒音が益々大きな問題になるだろう。これからの社会のキーワードに「静寂」が入ってきて欲しいものだ。
また、乗用車がでかすぎると思う。たった一人を運ぶのに何であんなにでかい車がいるのか腹が立ってくる。自動車税を払っているからと言って、一人で公共の道路を独占するのは人道的に違法なのではないのかとすら思うが・・・・価値観の変化は普段の常識の範囲を大きく越えて行くのではないだろうか。

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