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10年以上前から、「家とはエネルギーを消費する箱である」と定義してきた。
家に人が住む以上、エネルギー無しにその中で生活するなど考えられないからだ。タンポポ3
エネルギーと家との関わりについては、このブログで何度も書いてきた。
何故そう言ってきたかというと、現在、家を設計するにあたって、その形を決めるのに、その中で大量なエネルギーを消費するにも関わらず、エネルギー的視点が全く無視されて来ている現実があるからである。
それは、エネルギーという言葉が「ランニングコスト」と言い換えられ、つまり単に「お金」に置き換えられ、家の形に対する価値よりも軽い物とされてしまったからである。
つまり「エネルギー=ランニングコスト=お金」と成ってしまったのだ。
その為、お金のことを考えさえすれば、それでエネルギーという視点を全く持たなくても、そういう見方ができなくても家は設計出来るようになってしまった。
にもかかわらず、人間は必ず家の中でエネルギーを消費して楽で快適な生活を求めるのである。それは、今の日本経済が悪いとはいえ、電気代やガス代を払えないほどではないかららなのであろう。
つまり、たまたま電気代やガス代が払える経済状態があるから成り立っている設計手法に過ぎないのではないだろうか。
今の社会は、あらゆる場面で「エネルギー=ランニングコスト=お金」という捉え方であるため、いまだに温暖化問題の収束の目処は立っていないのだろう。タンポポ2:1
人類が人類になる前夜の生活は、現在のゴリラやオランウータン、チンパンジーなど類人猿の生活の仕方に近かったんだろう。つまり、屋根のある空間は持っていなかったんだろう。それは勿論その必要がなかったからである。
屋根が無くても、つまり、雨に当たっても特別問題なかったんだろう。
それなのに、なぜ人間に進化してから屋根のある空間が必要になったのだろうか。
なぜ、屋根の無い葉っぱの寝床から、屋根付きになっていったんだろうか。
これ以後は私の仮説であるが、人類になる以前の私たちの祖先が人類化したことと、「火」との関係が至って重要なのだと思う。
人類は人類に進化したことが先か、火を使ったから人類に進化できたのか、どちらが先なのか分からないが、いずれにしても人類へと進化する過程で「火」は切っても切れない重要な役割を果たしたのだろう。
では、人類が火を手にした時、一体どうしただろうか。火を手に入れたのは、最初は偶然からだろう。しかし、それは雨や風などで直ぐに消えてしまい、また偶然に手にはいるまで待たなければ成らなかったのだろう。
そして彼らは直ぐに、それを消さないようにするためにはどうすれば良いのか考えたのだろう。
そして、火を洞窟に持ち込んだのではなかろうか。(または、火を消さないようにするための工夫の過程で、葉っぱ葺きの空間を先ず作ったのかも知れない。しかし、その貧弱さのため洞窟へ移ったのかも知れない)。
それにより雨と風から火が守られることになったのだろう。そしてホモサピエンスはそれに味を占め、火を中心に洞窟の中で生活するようになったのだろう。タンポポ4
つまり、火を維持する目的が無ければ、わざわざ湿度の高い洞窟などに住む必要がなかったであろう。
もともと外で生活をしていたのだから、洞窟に入る必要なんか無かったと思う。
洞窟に入り生活を初めホモサピエンスは、熱を通した旨い食事と温かさと明るさを手に入れ、常に火を囲む生活になったんだろう。
そういう生活を獲得した結果、体毛の必要性が無くなっていったのではないだろうか。それと同時に、種火を保存するテクニックを見つけた者が何らかの違った立場に立てたのではなかろうか。
それが身分関係を誕生させていったのかもしれない。
体毛が少なく成りつつあるホモサピエンスは、火のある洞窟から外に出る時、自分の体温を維持する工夫を迫られることになり、狩りをして得た動物の毛皮などを身につけるようになったんではないのだろうか。
着衣の始まりである。
また、洞窟の中で火を囲み、体毛を失った身体を寄せ合いながら密な生活をする内に、発情期というシステムを失い、何時でも妊娠する事が可能になったのかも知れない。無限の増殖機能の獲得したほ乳類の誕生である。
人口が増えるに従い、食料の争奪も激しくなり、戦うための知能も急速に進化していったのだろう。
戦争をするほ乳類の出現である。タンポポ1:1
火と着衣と多くの仲間と戦うテクニックを手に入れたホモサピエンスはどんな地域にも移住する能力を獲得したのである。
その結果、食料を得るためのホモサピエンス間の争いによる移動の必要性に対しても、それを合理的に可能にすることが出来るようになったのだろう。そしてホモサピエンスは世界中に広がっていったのだろう。
その時、つまり移動する時、火をもって行く必要に迫られ、その容器として土の器が作られたのかも知れない。煮炊きを発明する以前に火を維持し、持って移動するために、安全に熱くなくするために、どうしても粘土の器が必要になったのではなかろうか。粘土の器の中に火を入れたことにより、結果的に粘土が焼かれ、偶然、土器が出来たのではないだろうか。
争いの圧力から洞窟を出て行った一部のホモサピエンスは、自己の健康の維持と火のある生活を維持するため、洞窟でない雨露を防ぐ「家」を発明したのだろう。
こう考えて行くと「人間=火=家」というつながりが明確になる。
人間は人間になった時から火とは切っても切れない縁にあるのだ。
人間と火つまりエネルギーと家は三位一体の関係なのだろう。
(「家」は「エネルギー」を加えることにより、人間が住む「住まい」になる)
その関係は実は現在も何も変わっていないのだが、石油がその感覚を狂わしてしまったのだろう。
現代はそのエネルギーを意識できないような社会であり、その意識されないままの行動が、環境破壊を更に加速して行くのだろう。




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