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穏やかな正月の日和の中で、ゆっくりと2010年を思い起こしてみた。
「ととのいました」「・・・・ナウ」などの言葉が飛び交った一年であった。
その中でも仙石官房長官の「自衛隊は暴力装置」という発言が話題になった。
そして大いに物議を醸し出した。白鷺
しかし、私の見ている範囲においては、批判論が圧倒的に多かったように思う。
自民党からは仙石氏の不信任決議案まで出される始末であった。
広辞苑によると「暴力」とは「乱暴な力、無法な力」とある。
暴力と言われると「無法で荒々しく粗雑である」というイメージが沸いてくる。
だとすると、「自衛隊は暴力装置である」=「自衛隊は無法で荒々しく粗雑である」となる。
しかし、今の平和惚けしたこの国の選挙民やその人達に選ばれた政治家にとっては、それが何ともそぐわないイメージだったのであろうか。
現在、自衛隊を構成している人達に対して感情的にそぐわない感じがしたのだろうか・・・・やつで雌しべ
だが、自衛隊を所有しているこの国が、好むと好まざるとに関わらず、外交交渉が全て破綻し、究極の段階に立ち至り、その実力を行使せざるを得なくなる場合もあるだろ(その為に自衛隊を持っているのだが、そういう場面まで持って行かない様にするのが外交であるし、そうならないように最大限努力をすることが最優先である)。
その場合、この国の権利を維持する為、相手を撃退する訳であるから、相手側に死を至らしめることも辞さないことになるし(そうでないと自分が殺されてしまう)、そうでなければ相手を止めることが出来ないことも起こりうるだろう。
少なくともそういう意味では最大の暴力を発揮しなければならない事になる。
つまり、自衛隊は最悪の場合、強力な暴力を発揮できる(勿論、外に対して)システムでなければ何の意味も無い。
もしそうでなければ、そんな物を膨大な税金によって所有していることは、何もとも馬鹿げた話になってしまう。

自衛隊とはイコール紛れもない軍隊のことである。名前がどうあろうと、持っている物は武器であるから誰が見ても軍隊である(もう今時、自衛隊は軍隊ではないなどという詭弁は通用しない)。
自衛隊という名称は歴史的な流れの中で作り出された苦肉の策の表現方法に過ぎない。
例えその武器の構成が専守防衛的であったとしても軍隊であることには変わりがない。
軍隊は暴力を行使する組織であれば、勿論自衛隊も同じである。
自衛隊が動き始めなければならない状況に立ち入った時、自衛だ、攻撃だなどという議論をしている暇は無くなってしまうだろう。国民を守る為に万難を排さなければならないからだ。
ここで改めて、自衛隊は暴力を振るうことが出来る組織であるということを、これを機会に自衛隊は勿論こと、我々もきちんと再認識すべきである。薪
もうそろそろ、目を背けずにきちんと見るべきものは見なければならない時ではないだろうか。
しかし、暴力を行使すること、行使されることは悲惨を生むということであり、それを我々は嫌と言うほど体験しているはずである。
基本的に暴力は絶対に使ってはならない。

1945年以前、この国は自国の軍隊をコントロール出来なかった苦い経験を持っている。
しかし、この国はそのことに面と向かって未だに反省していない。
その為、臭いの物にはフタをしろの情緒的な対応だけに終始して来た。

また、自衛隊は官である。
勿論、官とは内閣府、総務省、法務省、財務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省、国家公安委員会など全てである。
官とは、官の論理で我々の税金を使って維持されている組織であり、建前上は、我々国民の為にのみ動くことが目的の組織である。滝
しかし、官とは官の組織をまず第一に維持する事が最大の目的の組織であり、二番目はその組織を外れたOBを優遇する為の組織を作ることが目的の組織である。
そして、三番目にやっと前の二つの目的の為にも税金を払っている国民のためのことを「やってやるか」と尊大な組織である(だから我々が選んだ代弁者による政治主導を行う為、民主党に政権交代をさせた)。
そういう明治以来の状況を変えるべく期待して選んだ民主党であった。
しかし、思ったほど状況が変えられないでいるように見えるのは、その根の深さが想像を絶するのだろう。
まず我々はそれを再認識すべきである。
そうであるから民主党を選んだ我々は、少し時間をかけて応援し、見守らなければならないのではないだろうか。
だいたい明治以来続いている組織の惰性力を短時間で変えることなど、どだい不可能な事である。
にもかかわらず、社会は余りにも果実を得ることに急ぎ過ぎている。
今まで自分達が経験した仕事などから考えても、そう簡単には果実が得られないことぐらい解りそうなものだと思うのだが・・・・。
何故それが解らないのか不思議でならない。
選挙民の誰もが、思ったことを短時間で完結してきた経験を持つほど、みんなそんなに優秀なんだろうか、と思ってしまう。
なかなか思うように理想としていることに近づけないでいる凡人にとっては理解できないことである。とり
目先しか考えず、目先しか見えず、マスコミの揚げ足取りとしか思えない報道のみを鵜呑みにし、自分では何も考えず、自分の未来のビジョンも持とうともせず、あっちへぞろぞろ、こっちへぞろぞろと振り回されている選挙民でいて、そんなに良い社会が短時間で出来ると思っているんだろうか。
相変わらず人任せの体質、長いものには巻かれろの体質は変わっていない。
それとも別に良い社会を求めているのではなく、お祭り騒ぎを毎日していられればそれで良いのだろうか。
その結果、相変わらず、パブリックサーバントであるはずの官に牛耳られている。
そんなことでシビリアンコントロールが出来るのだろうか。
1945年以前の悪夢を再現してはならない。
自衛隊を含めた官に、我々の為に働いてもらうには、先ずは我々が主権者たる自覚をしっかりと持たねばならない。
自衛隊であろうが、軍隊であろうが、いずれも紛れもない暴力を行使できる組織である。
それをしっかり自覚し、その暴力を使わないで済むように、絶対に使わせないように我々が国民力を常にアップするよう努力を怠ってはならない。

暴力装置という言葉が適切かどうかいろいろ意見が分かれるところであろう。
しかし、その組織が持っている実力は暴力を実行する力であることには間違いない。
暴力装置がどうのこうのより、過去を分析し、反省せず、そこから学ぼうとしない体質を温存している選挙民をもっと危惧すべきではなかろうか。



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