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小豆島という言葉には優しく、さわやかなイメージがある。瀬戸内海の穏やかな明るさと、それに「二十四の瞳」の舞台であること等によるのだろう。夕焼け
そんな小豆島には一度行ったことがある。昭和37年高校二年生の修学旅行である。しかし、遠い昔のことなので殆ど覚えていない。
思い出せるのは緑の実を付けたオリーブの木々と、場所は定かでないが、夜光虫がキラキラと光る幻想的な夜の浜辺だけである。初めて見る夜光虫の光に皆で大いに感激したことが懐かしい。それにバスガイドさんが歌ってくれた「オリーブの歌」の・・・小豆島山、忘す~らりょ~か・・・・という一部のフレーズだけが頭の片隅に残っている。
「二十四の瞳」の舞台になった岬の分教場のことは、とんと思い出せない。宅急便

妻はまだ行ったことがないと言うので、そんな小豆島に半世紀振りに行ってみることにした。
旅の計画を作るには、先ずはコースを決めなければならないので、ぼーっと地図を眺めることになる。そして概略のコースのイメージが決まったら、ヤフーの地図を使ってコース上に距離を記入してゆく。
次にトレンクルを何処の宅急便センターに送るかを決めなければならない。
フェリーで渡った所で受け取れれば一番良いのだが、島の北側に当たる大部港や福田港の近くには無かった。三軒あるセンターの全てが四国に面した島の南側だった。
島の生活の中心が南側に偏っているのだろう。フェリーとまち
仕方がないのでフェリーに乗る前にトレンクルを受け取る事にした。
自転車を持ってフェリーに乗るとなると、実は自転車代も払わなければならない。それに乗る前に受け取ると、自転車の組み立て時間が必要であり、何かあればフェリーに乗り遅れてしまうことになる。そうなれば、その先の予定が狂ってしまう可能性がある。その為、予定の乗り物の時間が決まっている場合は、その途中で受け取らないようにしている。
結局、宅急便センターは駅とフェリー乗り場に近い岡山県日生(ひなせ)にした。船に乗っているのも一時間と一番短いからでもあった。雲間
しかし、ちょっと気になっていたことが案の定、現実になってしまった。
トレンクルを組み立て、食堂へ入った折に、そのハプニングは起こった。
カギを掛け、そのキーを入れた所を忘れてしまい、結局店のご主人にワイヤー錠を切ってもらう羽目になったのだ。
北海道に続いて二度目の大失態である。歳の勢とは言え、二度までもワイヤー錠のキーでミスをしてしまったのだ。二度あることは三度あるといけないので、これからはキーの無いダイヤル式のワイヤー錠に変えるか、キーを二人で持とうと悟とらされた。
実はフェリーに乗ってから何と何とキーが出てきたのだ。食堂に入った時、カウンターに置いた帽子の中に忘れないようにとキーを入れたのだ。にも関わらず、フェリーの時間が迫っていたので、そのことをすっかり忘れてそのまま帽子をかぶってしまった。たまたまその帽子は耳カバーが中に折り込んであった為、かぶる時うまい具合にその中にキーが入ってしまったのだ。もう何をか言わんやである。我ながらあきれた一幕であった。吉田港

次に、宿をインターネットで調べて地図上にプロットし、コースの距離と起伏の感じを考えながら場所を決めた。
我孫子からの交通機関は、飛行機を使っても5時間弱であり、新幹線だと6時間弱である。一時間差であるならとノンビリ本でも読んで行ける新幹線にした。
下りマチ
一月三日は朝4時に起き、4時50分に家を出た。こんなに早く家を出るのも珍しい。新幹線は6時16分発のぞみ3号博多行き、岡山から赤穂線に乗り換え日生下車である。
昼食の時間を含めて時間はたっぷり取ってあったのだが、ワイヤー錠事件の為に大いに焦ることになった。幸運にもフェリーがちょっと遅れて到着した為、何とか予定通り間に合うことになったが、一時はもう乗れないかもしれないと諦めたほどだった。あに
瀬戸内海は穏やかそのものだった。一日は寒波が来て為相当荒れたらしいが、その日はべた凪で全く揺れを感じなかった。
目前に見える小豆島には雲が掛かり、その切れ目から時々ビーム状の日差しが海をキラキラと輝かせ、いやが上にも期待を膨らませてくれた。
今回の旅は、海岸線に沿って一周する約110キロぐらいの予定であった。
地図は何時ものように全体のコースが見られる道路地図と、起伏の状況などが見られる国土地理院1/25000の地図を細かく分けた物を持って行った。
初日三日の走行距離は10.2キロだけである。3時には宿に着いてしまった。
一泊目はホテルではなく、滞在型リゾートマンション「AQUA」である。とても居心地の良い宿であった。今まで泊まった中でトップクラスである。バス
小豆島に行かれた折には是非泊まることをお勧めする。部屋は8階であったが、その入り口が広いのでトレンクルをそこに入れさせてくれた。それが先ず気に入った。エレベーターで1台ずつ持って上がった。
部屋の広さは60平方メートルで、その上、海に面した大きなテラスがついている。浴室はトイレと別でこれもとても広く、トイレを含めてとても清潔だった。部屋は隅々まで掃除が行き届いているし、ツインの寝室スペースにはかなり大きなベットが置いてあり、車の音が全く聞こえない立地条件とで、とてもゆっくりと休むことが出来た。
ホテルではなく、リゾートマンションであるため、本格的な厨房が無い為だろう、夕食は仕出し屋さん弁当だと思うのだが、部屋まで届けてくれた。
宿泊代は、勿論、朝食が付いていて、二人で24600円は至って得した感じであった。
翌朝は、たっぷりの生野菜サラダ付き朝食を取り、気分良く出発した。天気は晴れ。一路、岬の分教場に向かった。小豆地図1
国道436号に入った途端に上り坂の洗礼を受けるが、改良トレンクルはかなり強力であった。
改良前のトレンクルは1回こぐと4m少し移動し、それでどんな上り坂も下り坂も走っていた。それが改造後は一番軽くした時に1回こぐごとに1.7mしか移動しなくなり、1番スピードを出すようにすると1回で6.7mぐらい走ることが出来るようになった。その1.7m/1回転から6.7m/1回転の間で、道路状況により足に掛かる重さが変わるわけであるが、それに対して18種類の早さを選べるのである。もしこの改造が行われていなかったら、小豆島一周はかなり苦戦しただろうし、もしかしたら、もうトレンクルの旅は卒業してしまおうと思ったかもしれない。
二日目は35.9キロ、三日目は32.2キロ、最終日は17.2キロで今度は悠々とフェリーに乗ることが出来た。
今回は合計95.5キロを走った旅になった。
カギのハプニングはあったが、天気にも恵まれ、瀬戸内海の景色を堪能することが出来、とて楽しい旅であった。
これからまだ5年ぐらいはトレンクルの旅が出来そうである。教室
昨年の12月28日高峰秀子さんが亡くなられた。
岬の分教場では若き日の大石先生の姿が懐かしく思い出された。
昭和という時代はどんどん遠ざかって行ってしまうんだろう・・・・

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