上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


先回のブログで、世論調査が原発に対して、増やす・現状維持で56%、減らす・やめるで41%という結果であることを書いた。
今度は4月23日の朝日新聞に、統一地方選で原発がある北海道、福井、島根、佐賀での知事選で、いずれも原発賛成派が圧勝したことが載っていた。
どう考えても不思議な国民だと思う。
私のレベルでは理解不可能である。クリスマス
もし福島県で知事選があったら、原発賛成派と反対派でどちらが勝つのだろうか。
ここでも賛成派が勝つのだろうか。
いくら何でもそれはないだろうと思ったのだが、避難している4人だったか5人の生徒が、テレビのインタビューで原発の継続に賛成であった。
理由は原発で父親が働いて、生活を支えてくれているからということである。
核廃棄物の半減期が何万年という価値観と、今日どう食うかという目先の価値観が混在している至って複雑な世界である。 
4県の県民は、自分の所に原発があっても、遠くで起こった事は、自分たちとは関係ない出来事だからということと、単に国から金が落ちるからと言うことで、つまりその日暮らしの為に原発に賛成したのだろうか。(本来、原発の無い県が、賛成して、有る県が反対する方が理屈が通ると思うのだが、それが逆になるのは、やはり地元に金が落ちるか落ちないかの違いなのであろうか)
これは単に現状の豊かな生活を同じ方法で行いたいという農耕民族的な、保守的な行動であるようにも思える。
それとも、単に未来に対する想像力が欠如し、地に足が付いていない軽さに過ぎないのだろうか。
そんなに原発が必要ならいっそのこと核廃棄物の貯蔵施設も地元に作って、もっと国から金をもらって、もっと豊かな生活をすればと思うのだが・・・・花ニラ
今、私達日本人が遭遇している事故は単なる事故ではない。
何れ近い内に否応なしに、せざるを得ないエネルギーに対する価値観の変革を、少し早まって体験しているのであると思う。
今までやってきた文明のあり方の全ての見直しを迫られているのであろう。
それも急速な見直しである。
しかし、急速な分だけ抵抗も大きいのかもしれないが・・・・
大体、エネルギーの多くを輸入に頼っている国が、自前できる自然エネルギーに対して消極的だったことが、そもそも至って不自然なことなのであると思う。
現状を維持することが大きな利益になるグループにとって、太陽エネルギーなどの自然エネルギー利用など有っては成らないことなんだろう。
そうでなければ太陽エネルギーにどの国よりもいち早く舵を切る事の方が、国として間違いなくプラスになるはずだからである。水と鳥
プラスになる(その1)、石油・天然ガス・石炭などの化石燃料と核燃料の輸入の為の税金を減らすことが出来る。
全てが太陽エネルギーや自然エネルギーに成れば一切の燃料輸入費をゼロにすることが出来る。
それも、これからずっと毎年何兆円も浮くことになる。
プラスになる(その2)、直接的な太陽エネルギーの利用を初め、あらゆる自然エネルギーを利用する為には、新たな技術開発が必要になり、より多くの専門家や町場の技術者が関わることになる。その技術開発にいち早く取り組む事が出来れば、間違いなく世界のリーダーシップを取る事が出来る。
プラスになる(その3)、太陽エネルギーを初め、自然エネルギーを利用する技術は普通の人でも理解でき、扱うことが出来、新しいアイデアを出すことも出来る。つまり、日常の中の常識で誰でもが対応できる技術である。
プラスになる(その4)、CO2を出さない快適な社会にすることが出来る。
しかし、この国は太陽電池を含めた自然エネルギーに対する補助金などの予算を見てみれば解る通り、太陽エネルギー社会に向かうことを頑なに拒んでいるように見える。
というより、懲りもしないで、これから更に原発を建設する為の議論まで始まっている始末である。
こんな事をしていれば、ドイツに大きく水を空けられることになり、近い将来、経済的にも大きな打撃になるだろう。逆光

時代が変わる時はいつでも既成勢力の抵抗が大きいことは世の常である。
しかし、変わるものは変わるのである。
人類は何千年か前まで、石器を唯一の道具としていたが、銅器を発明し、青銅、鉄へと進化させていった。
また人類が車に成るべき物を発明した時、動力は蒸気であったが、その後、電気とガソリンと蒸気が混在していた時期があり、その中からガソリンエンジンだけが生き残った。
そして今また電気自動車に変わりつつある。
技術は常に既存の技術と常識を捨て去り変化して行く物である。
絶対などあり得ないのだ。
人類はその変化に付いてこられない既存の技術者や職人を、軍事と経済の名の下に切り捨て、それを進化としてきた(それが正しいかどうかは別である)
現代の電気自動車は同じ電気でもその電気を生み出す元は太陽である。
今、社会の全てがそうなっている訳ではないが、少なくとも我が家では昼間の太陽エネルギーでチャージすることが出来き、ガソリンを必要としない車ライフを楽しむことも出来るのだ。但し、まだ電気自動車は持っていない。釘と鳥
正に技術の激変であり、少なくとも20年前には考えられなかったことである。
特に近年の文明を見ていると、必ず部品点数を減らす方向に移行して行くように成っている(これも良いか悪いかは別である)。
複雑なメカからスタティックな電子回路へと移行しているのである。
(しかし、メカなら仕組みが解るが、電子回路はブラックボックス化し、開発した技術者以外は解らないという弊害と同居している)
特に、時を知る為の時計は、嗜好品としては別であるが、必要とする技術は全く激変した。
時計を作るのは100%時計職人であったはずだが、電子化された今は100%電子技術者の分野であり、時計職人という時計のエキスパートが居なくても、少なくとも時を知る道具を作ることが出来る。
電気自動車になれば、誰でもが作れる車組み立てキットなる物が出来るだろう。
6枚目と7枚目の写真は蒸気エンジンの発電システムと太陽電池である。IMG_6074.jpg

同じ電気を作る物である。一番左側に有るのがアルコールバーナーであり、原発で言えば炉心である。真ん中が蒸気を発生させるボイラーであり、ここで作られた蒸気でピストンを動かし、発電機を回して電気を起こす仕組みである。
片や、同じ電気を作るための太陽電池である。ぺらぺら1枚である。太陽電池
電気を作り出すための方法は他にも色々あることは前のブログで書いた。
原発に頼らなければならない理由など何処にもないのだ。
一旦事故が起こったら手の付けようがない原発の危険度は今回証明された。
正常に発電している時ですら危うさを持っていることも知ることが出来た。
太陽電池に比べてその複雑さは比べようもないし、その重装備さも比ではない。
太陽電池の他に、風力でも、水力でも、海流力でも、波力でも、地熱蒸気力でも、バイオガス燃料電池でも電気を作る手段など幾らでも有る。
地域ごとにそこの風土にあった発電方式を地元の人達の好みで選べばよいし、今の生活だって基本的には維持できるだろう。
それらを日本中に満遍なくばらまけば、どう考えても電気など不自由しないだろ。
例え何処かが大地震に襲われても、直ぐに現場に飛び込んで直すことが出来るし、分散された多くの発電システムから少しずつ回せばよい。
そんなに多くの解りやすい技術の選択肢があるのに、何で今更原発なんだろう。
電気は人々の幸せの為に有るはずであり、原発の為にあるのではない。
今の価値観が100年前と違うことは誰でもが解ることである。 
一日一日見ていると、変化していないように見えても、変化を止めることは出来ない。
多くの人が犠牲を払う残念な事故であるが、エネルギー対策を根本的に考え直す良い機会ではないだろうか。楓
原発の負の存在を、せめて未来に向かって生かすべきではなかろうか。
その為にも私達は、出来るだけ買うエネルギーの世話にならない住まいを先ず目指す必要がある。
買うエネルギーを暗黙の前提にしなければならない住まいの設計から、自前するエネルギーの家に進化させるべきでではないだろうか。

プロフィール

izena社長 前田誠一

Author:izena社長 前田誠一
FC2ブログへようこそ!

ブログ全記事表示

カテゴリー

リンク

人気BLOGランキング

ランキング人気 20070719115222.gif にほんブログ村 環境ブログへ

月別アーカイブ

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

ブロとも申請フォーム


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。