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この国はこの前の戦争でその原因の未だに追及をしていない。時代の中でどういう体質が戦争を生み出したのか振り返ろうとはしない。
経済に国民の関心を集中させることで、考えさせることを停止させ、退化させるように仕向け、現在はそれに更に磨きが掛かっているように思える。
この場に及んでも原発賛成と言わせるのだから・・・・
原発事故はそんな社会の中で起こったのではなかろうか。河原

現在までの文明は、成り行き任せの文明であると言える。
薪を使い尽くせば、石炭を見つけ、石油が見付かれば石油を使う。天然ガスが見付かればクリーンなエネルギーだと言い、ウランが見付かり、核分裂をさせられると成ると、先ず原爆を実用化した。
その威力を他に利用しようとしたが見付からず、原発という湯沸器を作った。
そう言えば、小学生の頃の雑誌には原子力により夢のような社会が来るようなことが書いてあったような気がする。
原子力船を初め、原子力ロケット、原子力飛行機、原子力自動車まであった。家庭にも入り込んでいる絵も有ったような気がする。
その中で船だけは軍艦として実用化されたが、他は流石に人類といえども研究をやめたのだろう(それとも未だに誰かがやっているのかな?)。
そして、何とか原子力を残したい人達が原発を思い付いたのだろう。湯沸かし器ぐらいには使えるのではないかと・・・・白チュ

人類は新しいエネルギー源を見つけた時、都合の良い機能だけに目を向け、負に成る部分は検討しないで来た。というより無視してきた。それとも気が付く能力が無かったのかも知れない。
薪を燃やせばどうなるかに始まり、石炭を燃やすとどうなるか、石油を燃やすとどうなるか、など全く考えず、多分、これを使ってどう大儲けをしようかというように考えたのだろう。
慈善事業で、社会の為にこれらのエネルギー源の利用を進めたのではないからだ。
それの冴えたる物が原発である。原発に関しては、特にマイナス部分を意図的に全く無視して来たのだろう。
本当はこんなに危険な物は無いと思っていたのかも知れない。
それが今回の原発事故であり、行き着く所まで行き着き、起こるべくして起こった事故なのであろう。
つまり、延々と築き上げてきた文明の行き止まりを証明した事故なのではなかろうか。
今回の事故はそんな意味を持っているのであると思う。
単なる火力発電所の事故とは違うのだ。
まして「原発事故です」では済まない事故なのである。
それほど人類にとっては重要な意味を持つ出来事であると思う。赤チュウリップ


もう既に太陽エネルギーにするか原発にするかなどと言う議論が求められているのではない。
言うなれば、もう歴史の必然的大変化の時に遭遇してしまったのだと思う。
人類は火に始まり、石器から青銅を経て鉄器へ・・・・そして産業革命を経たが、今は、最後の最大の革命を目の前にしているのではないのだろうか。
人類最後のエネルギー革命である太陽エネルギーへの革命である。
これで、二酸化炭素による温暖化や有害廃棄物の心配、それに勿論、最大の危険廃棄物である原発による核廃棄物も出さないで済むように成る(しかし、今まで出してしまった核廃棄物は残ってしまう。まあ、20世紀までの文明の遺跡にするしかないが、それにしても現代の物で遺跡として千年後の人達に残せる物は他に有るんだろうか?ローマの遺跡や法隆寺のように未来の人達に驚きと感銘を与える物がどれだけ有るのだろうか・・・・・)スズラン


福島の原発事故は由々しき問題であるが、起こってしまった事はしょうがない。
今となっては何とかそれを大いなる戒めにするしかないが、そんな悠長なことも言っていられない。
何とか収束させねば成らないのだが、完全な解決などは出来ないだろう。
解決とは単に燃料棒を冷却すればよいことではない。
今、避難している人達全てが元の生活に戻れることである。しかし、もしそれが不可能であるとしたら、正に取り返しの付かない事故を起こしてしまったことになる。
それでもまだ原発を継続し、利益を得ようとしている奴がいるとは・・・・この国は甘いことを言って満州に移民させておきながら、67年前に平気で置き去りにした実績が有る。甘いことを言ったのは正に原発も同じ、努々繰り返えさせては成らない。
(そしてこんな事故を二度と起こさないようにするには、全てを破棄するしかない。どんな安全策を施そうが、人類がやることに完全はないのだから事故は必ずまた起こる。一般的に原発以外で安全率という言葉を使うが、それは事故の確率を下げることであり、ゼロにすることではない。どんなことでもゼロにすることは出来ない。しかし、原発はゼロでなければならない)
太陽エネルギー文明は人類が初めて体験する新しい文明である。最初にビジョンを作り、それに基づいて意識的に作られる文明であるからだ。今までのような成り行き文明ではない。
そしてこれが最後のエネルギー文明である。
太陽エネルギーに成ってしまえば、もう他のエネルギーを探す必要がない。
50億年後に太陽の寿命が尽きるまで、核融合の恩恵を受け続けることが出来る。
勿論、どんな熱源の事故も起きないし、メンテナンスもいらない。その上、何と言ってもランニングコストがゼロである。白チュウリップ
保証期間は50億年ということになる。
原発とは比べようが無い。
しかし、動かなければ何時まで経っても文明を変えることは出来ない。
先ずは、今までの文明で慣れ親しんできた「買うエネルギー」の消費の仕方を見直さなければならない。
それ無くして、生活のエネルギー全てを太陽エネルギーだけに頼る社会はできないだろう。
今まで、買うエネルギーは使い過ぎているし、エネルギーは買える為、エネルギーを消費しているという自覚さえ持っていない。
まんまとそう教育されている。
人間が生活する為に最も大切なものはエネルギーだという意識すら奪われている。
今までの価値基準の全ては、エネルギーが無限に、無意識で得られる事が前提で成り立っているものである。
そんな生活の中から原発社会は生まれても、太陽エネルギー社会は生まれない。
太陽エネルギー社会は、エネルギーを無意識に買うのではなく、エネルギーを自分で何とかしようという意識から生まれる。
エネルギーを人に任せるのではなく、自分の手に取り戻そうという意識である。テラス

太陽エネルギーの社会は、どういう社会を作ろうかという夢を描くことから始まらねばならない。
少なくとも成り行き任せではない。
太陽エネルギーの世界とは、誰でも日向ぼっこが自由で出来るように、誰でもがエネルギーを自由に使える世界である。
エネルギーを争奪する戦争の無い社会である。
地球上のあらゆる場所にばらまかれた発電システムがネットワークで結ばれた社会である。
それを目指す為には、そういう社会に存在しうる住まいを作る必要がある。
そういう住まいは今までの延長では出来ないような気がするのだが・・・・・





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