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2011/06/25
原発事故の終息は全く見えてこない。
そのことは至って憂うべき事であるが、そうなっている事は何度も書くが至って当然なことである。
一旦事故が起これば、ご覧の通り修復するどころか三ヶ月が過ぎても冷却水の循環さえままならない状況である。
勿論これは修理に携わっている人達が遅いというわけではなく、強烈な放射線が阻んでいるからである。
詰まり、原発の事故というものは、少し考えれば解るとおり、こういう結果をもたらす物なのである。ビョウ1
私達はこの甘く見た経緯と現状を後世に末永く伝えて行かねばならない。その為、今の現状をしっかりと脳裏に刻み込まねばならない。
しかし、原発事故を論ずる前に、もっともっと考えておかなければならない事が有ったのではないだろうか。
この国は約90%(水力8.1%、新エネルギー1.1%)の電気エネルギー(ガスエネルギーは別)を輸入している国であるということだ。
私達はそのことを理解して生活していただろうか?大部分の人はそれを全く意識しないで全ての行動の基準を決めているだろう。ビョウ5
「電気やガスは使いたいだけ使って、それ相応のお金を払えばいいや」と思っていたのではないだろうか。
ガソリンは100%輸入(原油で輸入して精製することも含む)である。だが、そのことを考えて行動する人は居ない。
エネルギーとは無意識に消費する物として捉えられているからだ。
輸入するとは、売ってくれる国があるから買えるのであり、その国がダメと言ったらガソリンは使うことが出来なくなってしまう。
売ってくれても、それを運ぶ途中に障害が有れば、また使うことは出来ない。このことは先の戦争で嫌と言うほど知らされた。
この国が島国であることも忘れてはならないだろう。
今までは、何とか平和ぽく来たが、世界の状況が何時までも同じであるなどと言う事はあり得ない。
この国の中に居ると、明日も、明後日も、明明後日も、・・・・・・いつまでも今までと同じでいられるような錯覚に陥る。ビョウ2
いずれにしても私達は、幸いにも、かろうじて社会生活を営んでいられる、というのが実情なんだろう。
アメリカとのどんな圧力(密約?)があって軽水炉型原発(その後に何故、高純度のプルトニュームが作れる高速増殖炉が作られたのかも大いに疑問だが)が、この狭い国土にこれだけ有るのか知らないが、国内事情としては旺盛な消費の欲望を満足させ、選挙で人気を得る為に、時の政権は原発にも手を出したのかもしれない。
右肩上がりの経済を絶賛した私達が原発促進をさせたとも言えるだろう。
そしてエネルギーバブルを生み出した。
そのエネルギーバブルは3月11日でで終わったはずだが、戦後60年以上掛かって作り上げられたエネルギーバブルの中だけでしか通用しない基準は、未だに、いたって強固に存在し続けているように感じる。
自発的にではなく、原発事故という外部要因により作られた節電気運が、単なる一過性のムードに終わらないことを願いたい。
化石と核のエネルギーの海に浮いていられたからこそ、その泥舟の中で優雅な生活が出来だけに過ぎず、この機会を逃さず社会、生活の全てを見直すべきだろう。
90%の輸入ということは、大部分の人が知っている事実なはずだが、私達は何故これほど、その重要さに全くと言ってよいほど無頓着で来たのだろうか。
今回の災害を見ても解るとおり、エネルギーの止まった社会は、生活の全てに為す術がない(だのに、生活に関わることを考える時、エネルギーをどうするか真剣には考えてこなかった)。
この国の食量もその半数以上が輸入に頼っている。しかし、食量は全てが止まったとしても、国内の努力で何とかできるる問題だと思う。この前の戦争の時、食量を含めて正に窮乏を極めたが、その世代の人達の寿命が短くなったという話は聞かない。食量の輸入が止まり、もし半分になってしまったら、粗食になりむしろ健康で長生きの人が増えるんではないだろうか。ビョウ6
しかし、エネルギーが止まってしまったら、これはどうにもならない。山の木を切れば多少は熱エネルギーを使うことは出来るかも知れないが、長い時間掛かって作り上げた旺盛なエネルギー需要を、長い間満たすことは出来なだろうし、木を燃やした熱エネルギーが使える所は限られるだろう。
原子力からの電気エネルギーが足りるとか足らないとか言う前に、先ずは90%少しのエネルギーを海外に依存している事を考え直してみるべきであろう。
現在、暑いのを我慢してでも、出来るだけ電気を使わないようにしようとしているが、それは使用電力量のピークに成る範囲においてである。勿論ピークは昼間に来るので、言い方を変えれば、夜の電気を使いなさいということである。これはオール電化がどうのこうのという軽い問題とは違う。
因みに、昨日の東電で発電された電気量の一時間の平均値は約3500万Kwぐらい(但し、これの90%は海外から持ってきたエネルギー)である。ビョウ3
もし、昼間に多くなった電気量を夜に持って行き、均一化したとしたら、このくらいの発電能力が有れば良いということになる。
これに対して実際の供給能力は4780万Kwぐらい(但し、これも90%は海外から持ってきたエネルギー)も有る。単純に平均したのは極端であるが、出来るだけ平均化しようと努力したなら、原発が無くても電力不足など決してあり得ないのだ。
少なくとも家庭で使う暖房用の電気は夜の内に使い、熱として貯めておけば昼間のピーク電力に影響を及ぼすことはないし、夏も出来るだけ夜間に蓄冷して置けば、負荷を低減でき、昼間のエアコンの設定温度をかなり上げられることができる。
我慢して電気を使わないようにしても、電気エネルギー状態が良くなれば、我慢することを止めて元の木阿弥になるだろう。
そうならない為には、電気の使用量を少なくした分をカバーする為の工夫をして、我慢しないでも済む状況を作らねばならない。
その工夫が次の社会の進歩につながって行く事に成る。

原発の事故は兎も角として、土代この国にはエネルギーが無いのだから、それをカバーする為に一人一人の努力が必要なんだと思うし、これからは義務と思わねばならないのではないだろうか。
1975年から日本太陽エネルギー学会に入っているが、途中で止めずに会費を払って来た甲斐が最近特に有ったような気がしてきた。ビョウ4
太陽熱エネルギーを使うことに興味があって入ったのだが、今も続いているエネルギーバブルの発想は、そうは簡単に払拭するわけには行かないだろう。
(2008年10月23日ブログ「日本太陽エネルギー学会誌/やっと時代の背中が見えてきたが、動きが遅すぎる」http://izena.blog95.fc2.com/blog-entry-255.html

戦争が終わって66年、自分一人の力では抗することが出来ないと身近に感じられる社会が訪れてしまった。
その間に起こった多くの公害も、個人には抗しきれない大事件であったが、直接大きな恐怖を感じてこなかった。
オゾン層の破壊、温暖化による実害もまだ顕著に実感できていないが、奇しくも原発の放射線に曝される時代に生きることになった。
有ってはならない事が起こってしまったが、今の時代に生きている巡り合わせの運命なのであろうか・・・・

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izena社長 前田誠一

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