上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


20130514
1961年、高校2年生の時、東海村の原発を一人で千住から自転車で見に行きました。原発は当時夢のエネルギーと言われていました。理科少年だった私はどうしても見たかったんだと思います。鹿島の教会と水戸の教会に泊めていただき、人生初めての自転車一人旅でした。

今回は52年振りの東海村は全く逆の気持ちでの訪問になりました。
14日の東海村に於ける「原子力問題調査特別委員会」の四通の請願書に対する採択か不採択の結論を出す日でしたので傍聴しに行きました。
我孫子「原発のない社会をめざす会」のメンバーから情報をもらっていた為です。
東海第二原発は我孫子から90キロも離れていません。
東京も直ぐ近くです。
それに、311の時は、あと70cm津波が高ければ、電源水没も起こり、福島原発状態になっていた可能性もありました(その割には大部分の人は自分には関係ないとばかり、至って能天気だと思います・・・)。
にもかかわらず、再稼働の力がかなり働いているので、一人でも多くが傍聴して圧力が掛けられればと参加することに決めました。
山本太郎氏も来ていました。

委員会のメンバーは18人、委員長を入れて19人でその内女性は3人でした。
3人の女性は再稼働反対、40代と思われる若い部類の男性は2人いましたが再稼働賛成でした(先のない年寄りなら兎も角、若いのに再稼働とは考えられません)。
再稼働反対の人達の意見は未来を見据えた至ってまともな意見でしたが、再稼働賛成派の多くは、東海村は原発発祥の地だし、それで生活している人が多い、という例の如く目先の事しか考えていない意見が多く出ていました。
とても自分自身で勉強したとは思えない単なる受け売りでしかない、自然エネルギーは不安定だとか、とても能力が足りないとか、空洞化になるとかなど相変わらずの聞くに堪えない意見でした。
また、再稼働賛成派からは国の規制委員会の結果が出てから決めよう、という地方自治の独立の気概の無いお上最優先の意見も相次ぎました。
反対派の人達は非常に良く勉強し日本社会は勿論、自然界全体への影響を考えているのに対して、賛成派は上にも書いたように「自分達の今」しか考えていないことが見え見えでした。
それに再稼働派は原発従業者の職が無くなることを特に強調していましたが(これはどう聞いていても単なる票の為のように聞こえました)、反対派から、いずれ残り50基も莫大な金を払って、莫大な時間を使い廃棄処分をしなければならないのだから、近くに日立もあることだし、東海第二原発を廃棄し、その技術を習得しビジネスにしよう、という至って真っ当な意見も出ましたが、再稼働派は何も答えられませんでした。
再稼働派は何もビジョンを持っていないことが良く解ります。

そんなこんな議論がされましたが、結局、再稼働反対の3通の請願書は不採択になりました。
内容は賛成6、反対9、棄権3でした。
棄権した3人の意見を聞いていた時は再稼働反対なんだなと思いましたが、いざ採決をすると退席してしまいました。
見ていて意味が良く解りませんでした。
最後の安全性を確立した上で再稼働をしよう、というのは賛成9、反対9になり委員長裁定で不採択になりました。
結局、6月の村議会に原発反対の請願書も、再稼働しようという請願書も上げないということに成りました。
多分、規制委員会の結論と、それに基づく自民党の再稼働したいということがハッキリしてから、東海第二原発を動かそうという事に持って行こうということなんだと思います。
こんな重大な事を原発が有るからということだけで、こんなちっぽけな東海村という範囲だけで議論するのは何の意味も無いと思います。
一旦事が起これば賛成派は自業自得な訳ですから、どうなっても良いんでしょうが、影響を受ける範囲は311を経験するまでもなく止まるところを知らない事は明白な訳です。
自分達が再稼働に賛成するなど、何ともおこがましことであることぐらい分かりそうなものだと思いますが、想像力の欠如はいかんともしがたいと感じました。

東海第二原発がこんなに近い我孫子なのですが、殆どの人は既に関心がありません。
どんなに安全対策を立てても、自然災害のすべてを予測することは出来ない。
日本ほどプレートが複雑で不安定な所は無い。
増え続ける強毒性核廃棄物の処理方法は解決出来ない。
不完全な人間が関わる以上絶対的な安全など無い。
原発を牛耳る官僚、政治家、産業界は殆ど信用できない(国よりも、国民よりも、自分の権益維持が大事)。
などなど311の時と何も変わっていません。

かなり前になりますが、我孫子市の今後のゴミ処理計画を検討する為に、一般市民から検討委員を公募したことがありました。
勿論応募しました。その中に何とか博士号を持った人が二人居ました。
その中の一人がゴミ発電のことに携わっており、彼は盛んに「これからの時代はゴミ発電が主流になる」と豪語していました。
私が、所詮最終的には太陽エネルギーに頼らざる得ない社会に成るだろう、と言ったことに対して頑迷にそれは「絶対無い」と言い張っていました。
まあこういう御仁と話していてもらちが明かないと思い、勝手に言わせておきましたが、案の定、今、ゴミ発電は主流どころか単語さえ無くなってしまいました。
原発も全く同じパターンだと思います。それだけにしか携わっていない原発ムラの博士達は、それが中心に回っているとしか考えられない頭になっちゃっているんだと思います。
ゴミ発電は、爆発しておこちゃまのお遊びで終わったのですが、原発はそうはいきませんので勝手に言わせて於く訳には行きません。

産業構造は変わるが、二酸化炭素を出さず核廃棄物を出さないで電気を作ることは出来ます。
いずれそうしなければならないことは誰でも分かっているんだと思います。
しかし、今の自分だけの為に自然エネルギー開発に、わざと金を投資せず、駄目なイメージを作り出し、未だに原発ムラの利権を確保しようとしているのが現状のように思います。
核廃棄物で自然を汚染することは快適な生活を脅かすことです。
今までの日常が送れなくなることです。
現に今でも多くの人達の普通の日常が帰ってきては居ません。
にもかかわらず、残念ながら多くの人は甘い現在の日常にかまけて多くの事を考えて居ないように見えるのは私だけでしょうか・・・・
孫に多額の小遣いをあげることが孫を可愛がっていることなんでしょうか・・・
孫におもちゃを買って与えることが孫を可愛がっていることなんでしょうか・・・
孫をだっこして頬ずりすることが孫を可愛がっていることなんでしょうか・・・
孫が可愛い可愛いと言っていることが孫を可愛がっていることなんでしょうか・・・
先の長くない我々ジジババはもっと本気で孫のことを考えるべきではないでしょうか。
そうじゃないとジジババとして年を食った意味が無いんじゃないでしょうか。
尊敬される年寄りになりましょうよ!

プロフィール

izena社長 前田誠一

Author:izena社長 前田誠一
FC2ブログへようこそ!

ブログ全記事表示

カテゴリー

リンク

人気BLOGランキング

ランキング人気 20070719115222.gif にほんブログ村 環境ブログへ

月別アーカイブ

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

ブロとも申請フォーム


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。