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「ペイする・しない論」について (1)
20070731230331.jpg相変わらず太陽電池に対してだけ「ペイする・しない論」が横行している。この現象こそが太陽電池の普及を妨げている最大の要因の一つである。勿論、価格の問題もあろうが、太陽電池をしっかり考えようとする前に「ペイする・しない論」によって片付けられてしまうのは、とても残念なことである。
それは太陽電池についての機能や存在意義や将来性が、良く理解されてないために起こるのではないだろうか。
太陽エネルギーの何たるかを、きちんと教育されていない現在の社会では、太陽電池の意味さえもほとんど理解されていないのだろ(そのため、今回、太陽電池ブログを連載している)。そういう意味では積極的に太陽電池のことを検討すること自体が、今はちょっとまだ無理なのかもしれない。
「ペイする・しない」とは一体どういう事なのだろうか。同じく購入する家電や車などは、エネルギーを消費し、二酸化炭素を出しまくっている工業製品である、にも関わらず「ペイする・しない論」が言われず(このことは次回です)、二酸化炭素の発生が無く、エネルギーを消費せず、エネルギーを生産する太陽電池だけが、その対象になるのはどうしてなのだろうか。どうしてこんなにもまことしやかに「ペイする・しない論」が語られるんだろうか。どうしてそれがあたかも正しい論理かのように捉えられているんだろうか。これはエネルギーを生み出す物に限って言われる、特殊な事情によるのではないだろうか。20070801061532.jpg火力発電(環境対策がもっも取られている一つ)で考えてみると、石油や石炭や天然ガスを、いくらで買い、それによって発電した電気をいくらで売るか、その為には設備にいくら掛かり、どのくらいのメンテナンスが必要で、システムはどのくらいの寿命があるか、等々のかなり複雑な計算をして、ペイするという結論を出して、初めて事業がスタートすることになるだろう。多分、太陽電池に対しても特別考えることもなく、ただ漠然とそんなイメージを当てはめるため、「ペイする・しない論」になってしまうのだろう。つまり、電気を発電し売るということから、その存在意義を考えることもなく「ペイする・しない論」になってしまうのだろう。
電気は電力会社から買う値段が決まっており、現在私たちはその決まった値段で電気を買っている。その為、太陽電池で発電された電気を値段に換算したくなり、一年間で発電した分の金額で、太陽電池の値段を簡単に割ったしまうのだ。
それでペイするのは何年だということになる。それではちょっと単純過ぎやしないだろうか。二酸化炭素による温暖化などを考えたなら、電力会社がいま出している電力代というのは、ほんとうに換算するのに使えるほど正しい数字なのだろうか。それに頼って良いのだろうか。20070801061504.jpgこれからの更なる環境対策費増加、燃料価格の高騰、原子力発電の放射線廃棄物の処理に関わる費用等々、電気代を押し上げるための要因ばかりである(秋から値上げ)。また、エネルギー使用税など、二酸化炭素排出規制はますます強まるだろう。
そんな中で、二酸化炭素や他の排ガスも出さない、太陽電池を「ペイする・しない」で評価するなら、それらのことも含めた上で考えるべきである。
まだそういう捉え方は、残念ながら今の社会では認知されていないが、早晩、人類は環境復旧費として莫大な税金を払うようになるだろう。それなら太陽電池の方が圧倒的に有利でペイすると考えるべきだと思うのだが・・・・
このように根拠も明白でないコストで「ペイする・しない論」など、今どき悠長なことを言っていて良いんだろうか・・・・
太陽電池は個人の所有であるが、その本質は社会を支えるインフラでもある。
明るい未来への投資のために、太陽電池を考えるのも楽しいのではないだろうか。

・・・・次回に続く



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