上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


20070810195220.jpg昨日、たまたま楽器屋さんの前を通ったので、ギター用の音叉を買おうと思いつき立ち寄った。ギターは学生時代に憶えたコードを多少知っているだけで、そのコードで弾ける範囲の曲を、ほとんど一人で口ずさむ程度である。音痴ではないと思っているが、基本的には、音楽の才能はほとんど無い。何故かというと、曲を聴いただけでは勿論、楽譜を見てもコードは分からないので、コードがちゃんと書いてないと全く弾けないからだ。それに、若い頃に憶えたコード以外は、新しく憶えようとしても、ほとんどと言っていいほど憶えられない。これはコードに限ったことではなくいが、もともと記憶力がかなり弱いところへ持ってきて、60歳を過ぎてしまうと、もう自分でも全くあきれ果てるぐらい、記憶回路が壊滅状態で、使い物にならなく成っているのだ。
高密度のメモリーが、非常に廉価に手に入り、いくらでも増設することができるパソコンが何とも羨ましい。1Gとは言わないが、せめて10Mでも良いから、頭の中に突っ込めたらと思っている。
今になって突然、音叉なのかというと、特別明確な動機はないのだが、なくしてしまってから久しいので、この辺で音にもけじめを付けて、ポロン!と鳴らしてみようかな、と思った程度のことである。
お店の中段の棚に2種類の音叉が置いてあった。20070810195258.jpgしかしその上の棚に、煙草の箱より少し小さい程度の、何だか得体の知らないデジタル機器と思われる物が何種類かあった。何とこれが音叉に変わるデジタルチューナーであることを初めて知った。店員さんのお薦め意見に従い、音叉を止めてこちらを購入した。たぶん人を見て、音叉で苦労するより、こちらの方が間違いないと思ったんだろう。楽器業界でどんな物が出ているのか、全く注意したことがなかったので、チューニングが「耳」ではなく、「目」で行うものであることを初めて知らされた。自分が弦の音を聞かなくても、LEDの点滅を見ながらA,B,D,G,Eの各弦を別々にチューニングできるのだ。実に便利で正確(これがどの程度正確なのかは全く分からないが、少なくとも、自分が音叉や笛を使うよりは圧倒的に正確)であり、ド素人にはもってこいだ。結果は同じコードを押さえても、今までとは明らかに違い、嬉しくなってしまうほどクリーンな和音が出るのだ。今まで、いかにいい加減なチューニングで済ませていたかを、思い知らされた。しかし、素早く正確にチューニングをするには、多分非常に優れた性能なんだろうけど、チューニングが正確にできれば、その過程はどうでも良いというわけでもあるまい。音を正確に「聞き分ける」ことは、チューニングを通しても訓練されることなのではないだろうか・・・ただ使ってみると圧倒的に便利で簡単だ。20070810195329.jpgこれを知っちゃった以上、どうも手放せそうにもない。音叉で自分の耳を訓練しておけば、電池がなければ機能しない物など、(その上、使えば使うほど二酸化炭素が排出される。それに比べ音叉はいくら使っても二酸化炭素は出さない)使わなくて済むのだが、訓練しなくても格好が付く「二酸化炭素麻薬」の誘惑に負けてしまったようだ。
これで、電池が無くなるとチューニングする自由も、当然、気分良くギターを弾く自由も奪われることになる。これを自業自得と言うんだろう。

現代は、何の練習も努力もせずに、ど素人でもそこそこ出来てしまう便利な機器が手に入る(しかし、ほとんど全ての物は、電池など石油エネルギーが無ければ全く使うことが出来ない)ことが多くなりつつある。CPUがここまで進化すると、ますます人は何もしなくても良くなるんだろう。しかし物には必ず「本質」というものが有ると思うのだが・・・・それを変えてしまうことが、進化ということなんだろうか・・・・
温暖化がますます加速する環境の中で、これから人は何を考え、どんな努力をしてゆくのだろうか・・・・



プロフィール

izena社長 前田誠一

Author:izena社長 前田誠一
FC2ブログへようこそ!

ブログ全記事表示

カテゴリー

リンク

人気BLOGランキング

ランキング人気 20070719115222.gif にほんブログ村 環境ブログへ

月別アーカイブ

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

ブロとも申請フォーム


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。