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「火」と人間の関わりは深い。「火」は猿(のような)から人間に進化した時から人間を支えてきたのだろう。と言うより、「火」を使うようになった猿が人間に進化したのかも知れない。いずれにしても「火」と人間は切り離せない関係である。「火」を使うことは人間の人間たる証と言っても良いだろう。にもかかわらず、現在、生活の中にガスの燃焼はあっても「火」は存在していない。ガスの燃焼は火ではあるが、人間がずっと馴染んできた「火」ではなく、人工的に作られた火である。火とは言っても、それに求められている機能は単に煮炊だけであり、本来持っている「火」の機能のほんの一部を取り出したに過ぎず、人間が暖かみを感じる本来の「火」ではない。20071026223142.jpgつまり車からエンジンだけを取り出し、これが車だと言えないのと同じである。
「火」には5つの機能があると思う。その1)暖かさ機能、その2)明るさ機能、その3)煮炊き機能、そん4)団らん機能、その5)神事機能、である。このように「火」は複合機能を持ったものである。「火」は本来、複合機能のまま使われるところに意義があったはずだが、それに気が付かずどんどん単機能に分解され、置き換えられてしまった。「火」の暖かさ機能はエアコンや床暖房に取って代わられてしまったし、明るさ機能は電球や蛍光灯に、煮炊き機能はガスレンジやIHヒーターに、団らん機能はテレビやゲームに、神事機能に至ってはもう忘れられてしまった。その他「火」には、明暗の揺らぎ、熱の揺らぎや、薪と煙の匂い、音などの性質が含まれている。本来「火」にはそれらが総合されて醸し出す神秘的な魅力があったはずだ。その魅力的である「火」を近代の工業主義は、汚い、危険、めんどくさいと言って簡単に切り捨ててしまった(勿論それで多大な恩恵を得ている)。そしてついには家庭生活の中から抹殺されてしまった。そんなわけだから現代の日本で「火」が馴染むような住まいはほとんど見あたらなくなってしまった。家の中で自然の「火」を焚けることが珍しくなってしまった。20071031065210.jpg
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20071031065348.jpg多分、都会では「火」をじっと見つめた経験のある子供達はほとんど居ないのではないだろうか。テレビゲームで時間をつぶしても、「火」を見ながら物事を考える時間など当然経験していないのではないだろか。なにしろ今の日本では、キャンプ場へ行っても焚き火禁止なのだから、「火」はとことん嫌われてしまったものだと思う。これは特に家族にとって本来かなりの異常事態だと思うのだが、住まいの中に何とか「火」を入れようと努力している人は皆無と言って良い。現在、「火」に求めることは、勿論暖かさの機能でも、明るさの機能でも、煮炊きの機能でもない。「火」という自然に接する時間を持つことだと思う。だから「火」の量や強さではないのである。今の生活を維持するために、暖かさや明るさや煮炊きの機能を求めて日本中の人が「火」を使ったら、途端に日本中は禿げ山になってしまうだろう。それは今さら成り立たないし、その為には薪を使うまでもなく、太陽エネルギーを使いこなせば十分だと思う。
今、「火」に求めることは、自分自身が作り出せる数少ない心のゆとり時間なのかも知れない。「火」を見つめることによって、忙しない生活の中で自分の心を見つめられるような気がする。人と対話する時、お互いに「火」を見ながらなら話すことが出来る。それだけでも「火」はとても神秘的な気がする。家の中に「火」を入れないという理由ばかりを考えるのではなく、家族にとって更に居心地の良い住まいにするために、何とかもう少し「火」を入れる努力ができないものだろうか。家族関係も必ず変わると思うのだが・・・・
63回目の冬がまたそこまで近づいて来ている。暖炉の前で飲むビール(但し、少々)も格別である。

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