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温暖化のことが、一年前には想像できないほど多くの人の話題になってきた。その状況の変化は激変と言えるほどである。なにしろ、あの温暖化に対しては全く無頓着で能天気だった何処かの大統領までが言い出した(今に至っても単に政治的なポーズに過ぎないのかもしれない。だとしたら救いようがない)くらいだから、よほど尋常ではなくなっているんだと思う。何%ぐらいの人が温暖化のことを気にしだしたのか分からないが、かなりの人が大変なことになりそうだと思い始めたのは間違いないと思う。人々の状況がこのように変化してきたことは何を意味するんだろうか。自然環境の変化に特別興味もないと思われる人達までが気が付き始めるということはどういう事を意味しているんだろうか。つまり少しの変化程度では何も気が付かないであろう人達までが、おかしいと思い始めたことは、第六感が動き始めるほど変化が顕著に成ってきたからであろう。20070916105757.jpgそういう現象は一般的には末期症状を意味するのだと思う。ちょっと違う例かもしれないが、企業の開発会議において新商品の検討をする場合、役員の大部分が反対するような商品であれば、開発を決定すべきであり、賛成するようであれば新規性に乏しということにで却下すべきであるという事がよく言われる。多くの人が賛成するということは、似たような物が既にあるため誰でもが簡単に想像できたことであり、今更時間と金を掛けて世に出しても新商品としての意味がないということである。
二酸化炭素の増加グラフを見ると既に加速度的な増加域に入っていることが分かる。このグラフが意味するところは二酸化炭素量が空気中に含まれる適切な量を大幅に超え、尚かつ今後も急速に増え続ける事である。つまり植物などにより吸収される量を大幅に上回っている事を意味している。この状況を普通の感覚で捉えると、自然のシステムが余分な二酸化炭素を吸収し終えるまで二酸化炭素の排出を抑えようという感覚が当然であろう(例えば食べた食物が胃の中で消化されず、食道の途中まで詰まっているところへ、また詰め込んでいるようなものである)。つまり、今は本当は人間の行動によって排出される二酸化炭素を一端ゼロにしてじっと時間を稼ぎ、余分な二酸化炭素が自然界で吸収されるのを待つのが本当は取るべき道なのではないだろうか。それが自然な人間の感覚なはずである。現在の状況は6%減らせば良いのだなどという甘い状況では決してないのだと思う。ところで、地球上の自然界が持っている二酸化炭素吸収能力とはどのくらいなんだろうか。20070916105842.jpgそれが分かれば全世界の国が排出して良い二酸化炭素の総量が決まることになる。それを国ごとにどれだけ分配するのかは大変な事になるだろうけど、本当はやらねばならないことだろう。大紛糾になり、成り行きに任せておけば戦争にも成りかねないだろうから、この際、全人口で割って一人あたりの量を均等に出すしかないだろう。また何か問題が出そうだが、その後、生活の仕方に会わせて排出量を売り買いするしかないだろう。いずれにしても一時今と違う基準で生きなければならないことになるだろうが、そのくらいは率先して我慢する必要があるだろう(戦争を強制され、意に反して命を失った人達の人生を考えればたいしたことでもないだろう)。これからはそういう時代を覚悟すべきだろう。温暖化を防止しようという目的は、単に二酸化炭素の排出を抑えた生活をすることではなく、エネルギー源の全てを太陽に変え、澄んだ空気と水の環境を取り戻そうという戦争なのかもしれない。

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